ヘイロー(ハロ)
ヘイロー(英:halo)とは、走行中に飛来するマシン残骸やパーツの破片などからドライバーの頭部を保護するためのコックピット保護装置のこと。メルセデスによって提案された。「ハロ」とも表記され、英語で”後光のような丸い光の輪”を意味する。3本の柱で構成されておりコックピットの上に固定される。
2017年からの導入が目指されていたものの、16年7月にF1ストラテジーグループ会議がこれを否決。これを受けてFIA国際自動車連盟は、代替案として”シールド“と呼ばれる新しいデバイスを開発したが、安全性が不十分であるとの判断から18年シーズンのF1及びFIA-F2選手権へのハロ導入が決定した。
これに続き、フォーミュラE選手権では2018年後半に開幕したシーズン5から、全日本スーパーフォーミュラ選手権では新世代シャシー「SF19」が投入された2019年シーズンよりハロが導入された。なおインディカー・シリーズにおいてはキャノピー型のエアロスクリーンが2020年シーズンより採用された。
© Ferrari S.p.A. / フェラーリSF90のヘイローに捕まりコックピットに乗り込むミック・シューマッハ、F1バーレーンテスト
導入の理由
2009年のF1第10戦ハンガリーGPの予選、時速280kmで走行中のフェラーリのフェリペ・マッサの頭部に、先行していたルーベンス・バリチェロのマシンから脱落したパーツ(重さ800gのスプリング)が衝突。頭蓋損傷に加えて脳震盪を起こす事故が発生した。また、同年のF2レースでは脱落タイヤの直撃を受けたヘンリー・サーティースが死亡するという痛ましい事故が立て続けに起こった。
議論が本格化したのは2015年、前年のF1日本GPではジュール・ビアンキが、そして15年のインディカー第15戦ポコノではジャスティン・ウィルソンがそれぞれ頭部損傷を負い事故死。コックピットを保護するための安全装置導入の機運が高まった。
導入による影響
各チームが独自製造することは許されておらず、FIAの認定を受けた下記の欧州3社が供給する。いち早くホモロゲーションされたのはオランダを拠点とするCP tech社(旧CPオートスポーツ)であった。
CPテック社は、全10チーム中9つのチームと契約を結んでいる他、F1のみならずF2とフォーミュラEにも供給しているハロ製造の最大手企業。とある一つのチームのみ、3社すべてからデバイスを購入している。
- CPテック(CP tech、ドイツ)
- Vシステム(V System、イタリア)
- SSTテクノロジー(SST Technology、イギリス)
チームは上記の認定企業から購入し自社のマシンに取り付ける。価格は1万5000ユーロ、日本円にして約200万円程度と見積もられている。ドライバーへの視覚的影響を統一するため、ハロの内側部分への着色などは禁止されるが、外側は自由。スポンサーのための広告領域などとして活用されている。
あくまでもドライバーの頭部保護の役割を担うわけであるが、フェラーリのキミ・ライコネンによれば、ハロはサンバイザーとしての効果もあるのだという。
重量増
ハロは軽量高強度のグレード5チタン合金で製造されるが、F1マシンにとっては僅か数キログラムの違いがパフォーマンスに大きな影響を与える。
本体の重量は7kgから10kg程度とされるが、取り付けに必要となる補強材やボルトやナット等の付属品を合算すると、計10kgから15kg程度の重量増と見積もられる。FIAの耐荷重テストをパスする必要があるため、取り付け箇所にも一定レベルの強度が求められる。
ハロ導入による重量増を考慮し、2018年シーズンのマシン最低重量は6㎏引き上げられた。
空力面
コックピット周りの空気の流れが大きく変化する。ルノーのテクニカルディレクターであるニック・チェスターによればハロ導入による空力的な恩恵はなく、エアロ面でのハロの”悪影響”を如何に最小化するかが重要だという。
ハロの上面部分には、空気抵抗を減らす為の整形パーツであるフェアリングの装着が認められており、各チームはこの領域を使ってエアロダイナミクスを最適化しようと試みている。また、ドライバーが被るヘルメットに空力デバイスを付与する事も考えられる。
FIAは2018年第4戦アゼルバイジャンGP以降、ハロの導入によって悪化したドライバーの後方視界改善のために、ハロへのサイドミラーの取り付けを許可した。フェラーリは即座にこの動きに反応。第5戦スペインGPでいち早くウイングレット付きのミラーを投入したが、空力的効果を狙ったものであるとして禁止された。
© Ferrari S.p.A.
「ダサい」外観に対する批判
外観に大きく影響を及ぼす事から、ハロの導入に反対するファンやドライバーも多い。メルセデスのルイス・ハミルトンは「デバイスの装着を選択制にしてほしい…」とその見た目に対して違和感を露わにした。元F1ドライバーのマーティン・ブランドルは「単純に醜い」と一蹴。ニキ・ラウダもハロの導入は誤った判断だと主張した。だた、実際に現役でレースをしているドライバーの中には、全面的に賛成する者も多い。
4度のF1ワールドチャンピオンであるベッテルは、ハロ導入を否定するのは「無知で愚か」と語り、2度のF1王者であるフェルナンド・アロンソは「疑問の余地はない」と強調した。
レッドブル案”キャノピーデバイス”
ハロはメルセデスにより提示された案であるが、他方レッドブルはキャノピー型の代替案を提案していた。彼らの提示しているオープントップ型のキャノピー(天蓋)は大型のウィンドシールドのような働きもするという。クリスチャン・ホーナー曰く「こちらの方が外観的に洗練されており、視界も良い」とのことであったが、開発は頓挫した。
ただし無駄には終わらなかった。レッドブルはインディカー・シリーズと共同でキャノピー型のコックピット保護デバイス「エアロスクリーン」を開発。2020年シーズンより全車への搭載が義務付けられた。
問題・課題点
導入を主導するFIAも、ハロが完全な解決策ではない事を認めており問題や課題は数多い。だが、メリットとデメリットを比較した場合に欠点を補うだけの利点があるとの理由で導入が決定。主な問題点は「視界性」と「脱出容易性」の2点に集約される。
3本の柱のうち1本はドライバーの真正面に来るので視界が悪い可能性FIAやセバスチャン・ベッテルをはじめとするドライバーは、視界性は良好と結論づけた- 前方の視界が問題なくてもやや上方を見上げる場合、スパ・フランコルシャンのオー・ルージュのような上り坂でハロが視界を遮る可能性
事故の際に脱出が困難取り付けと脱出手順を遵守すれば問題がない事が確認された- 構造的に衝撃吸収能力を持たない
仮にハロがあったとしても、ジュール・ビアンキやダン・ウェルドンの命は守れなかったと考えられ、このような種類の悲劇の再発を防ぐためには別の安全対策が必要である。なお、視界については不思議と何も問題がないようだ。
FIAは問題はないと発表したが、17年シーズン後のアブダビテストにおいてバルテリ・ボッタスが脱出テストを行うも、7秒という規定時間以内にこれをクリアできなかったとみられている。
成果
2020年F1第15戦バーレーンGPの決勝レースでは、ハースのロマン・グロージャンが時速221kmという高速でバリアに激突。衝撃によって車体は真っ二つに分断され炎が上がり、グロージャンが乗っていたモノコックは鉄製ガードレールに埋め込まれる形となったが、幸いにもヘイローがコックピットを守る形となり、グロージャンの頭部が外傷を負うことはなかった。
両手の甲に軽い火傷を負ったのみで事なきを得たグロージャンは「数年前の僕はヘイローに反対していたけど、今は本当に優れた安全装置だと思っている。これがなければ今日こうして喋ったりなんて出来なかったはずだからね」と述べ、致命的な怪我を負わずに済んだのはヘイローのおかげとの考えを示した。
また、F1の競技部門を率いるロス・ブラウンも、グロージャンの命を救ったのがヘイローである事は「疑いの余地がない」との見解を示した。