台本・ERS・カルチャー…勝ち目はなかった?レッドブル・ホンダ対メルセデス、完敗した3つの理由
過去2年連続のレッドブル・リンク・ウィナー。史上最年少F1ワールドチャンピオン獲得に向けて、レッドブル・ホンダとマックス・フェルスタッペンが開幕2連戦でランキングリーダーに立ち、メルセデスに対して一気にリードを広げるのでは? そんな期待は何処へ…蓋を開ければレコード更新の可能性は大きく削がれる事となった。
メルセデスがギアボックスに問題を抱えた第1レースのオーストリアGPではチャンスがあったものの、レッドブル・ホンダ勢も同じように信頼性のトラブルで退場した。シュタイアーマルクGPの名の下に開催された第2レースではシングルラップ、レースペースのいずれにおいても完敗だった。行く手に立ち塞がったメルセデスの壁は厚く高かった。
端的に言えばマシン性能差という事に尽きるのかもしれないが、ここでは3つの視点でシュタイアーマルクGPでのレッドブル・ホンダの敗北を振り返ってみたい。
筋書き通り…仕組まれたピットストップ
気温30度、路面温度50度を超える非常に暑くなった金曜日、メルセデスはソフトタイヤに苦戦していたが、日曜のシュピールベルクはブラック・アローの肩を持った。ヘビーウェットの中で行われた予選の翌日、気温・路温は共に初日と比べて10度近くも下がった。レースはメルセデスの思惑通りに進んだ。
ポールポジションのルイス・ハミルトンに先行逃げ切り体制を築かせ、2列目スタートのバルテリ・ボッタスを使ってレッドブルのピットウォールにプレッシャーを与える…
ピットストップ・ウインドウが開いた際にフェルスタッペンとのギャップがアンダーカットの範囲内に収まるよう、ボッタスがフェルスタッペンを追走しさえすれば、後は相手が勝手に動きシナリオ通りに勝利への道が開かれる。
事は狙い通りに進んだ。フェルスタッペンは理想よりも早いタイミングでのピットストップに疑問を投げかけたが、ピットからの指示に従い24周目にミディアムタイヤに履き替えた。実際この時タイヤはまだタレておらず、ラップタイムは上がり続けていた。本意ではなかった。
© Getty Images / Red Bull Content Pool
レースを振り返ったクリスチャン・ホーナー代表は「もし相手の方が速いマシンを持っていて、こちら側に”マシンが1台しかない場合”、取れる手段はトラックポジションを確保するか負けを認めるかのどちらかだ」と語った。戦略上の選択肢はなかった。
フェルスタッペンがピットストップを行った際、もう一台のRB16をドライブしていたアレックス・アルボンはトップから27秒後方を走行していた。燃料が減りフレッシュタイヤに履き替えて以降は競争力を高めたものの、アルボンは燃料満タンの重い状態のマシンに手こずっていた。
結局レッドブル・ホンダはピットストップウインドウが開くと、コース上での2番手をキープするためにやむを得ずフェルスタッペンに”ボックス”の指示を出した。
台本通りにフェルスタッペンを早々にピットインさせたメルセデスはその3周後、トップを快走していたハミルトンをピットインさせた。ペースが速すぎたために、予定外に早く周回遅れに追いついてしまったためだ。そしてレース終盤にフレッシュなタイヤを用意すべく、ボッタスの第1スティントを長く引き伸ばした。これによって積み上げたグリップアドバンテージを武器に、ボッタスは66周目に2番手の座を奪った。
懸念されていたギアボックスの問題が顕在化する事はなかった。メルセデスのドライバー達は積極的に縁石を使う事はなかったが、ライバルとのペース差が大きかったためそれで十分だった。
クルマを降りたフェルスタッペンは「本気で優勝を争うには今日の僕らは単純にあまりにも遅すぎた」と振り返った。「ルイスについていくために全力でプッシュしたけど、それは不可能だった」
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劣るERS効率、削られたダウンフォース
レース後のプレスカンファレンスの中でフェルスタッペンは「ストレートでかなり失っていた」「バランスはちょうど良いが、1ラップでのスピードが足らないから、ストレートでのパワーとグリップをもう少し上げなきゃならない」と述べ、メルセデスに真剣勝負を挑むためには車体だけでなくエンジンの改善が必要だと訴えた。
レッドブル・リンクはコーナー数が僅か10と、ブレーキングゾーンが少ない上に、エンジン全開率は72%と、モンツァに次ぐカレンダー2番目の高さを誇るため、エネルギー回生が厳しい。そのため、1ラップを終える前にデプロイメントが切れてしまうコースの1つとして知られる。
ジャーナリストのマーク・ヒューズはF1公式サイトの中で、スタート/フィニッシュラインでの速度差は些細であるものの、上り坂の頂点にあるターン3手前で計測されるスピードトラップにおいては、メルセデスの時速198マイルに対してレッドブルが時速191マイルであったとして、ホンダ製F1パワーユニットのERSの効率の悪さを指摘した。坂を登り切る前にERSによる160馬力の追加ブーストが切れていたというのだ。
Pos | Driver | Team | km/h |
---|---|---|---|
1 | サインツ | マクラーレン | 324.6 |
12 | ボッタス | メルセデス | 317.2 |
16 | アルボン | レッドブル | 308.4 |
ヒューズは更に、このERSの性能差による速度差を埋めるべく、レッドブルは通常よりも薄いウイングの使用を余儀なくされていたと説明した。レッドブルのマシンは伝統的にレーキ角が大きく、ローレーキのメルセデスのような他のマシンと比較するとアンダーフロアから得るダウンフォース量の割合が多いため、もともとウイングが薄い傾向にあるが、それを差し引いても薄かったというのだ。
エンジンパフォーマンスによるトップスピード不足分をダウンフォースを削る事で補えば、タイヤのデグラデーションに影響が出る。地面へ押し付ける力が少なくなれば、その分だけタイヤは横滑りを起こしてしまう。レース中の予期せぬアクシデントのために状況は更に悪化する。
フェルスタッペンは「言われるまでは気付かなかった。正直そんなにダメージがあったとは考えていない」と述べ、影響があった可能性を除外したが、ミルトンキーンズのオペレーション・ルームのスタッフ達は、フロントウイングの右翼端板の破損によるダウンフォースの損失を即座に検知していた。
破損したパーツの一部はバージボードに食い込み、残りの一部はリアウイングのエンドプレートに損傷を与えた。仮に表面的なラップタイムに影響がないように見えたとしても、タイヤの劣化を早めていたであろう事は明らかだった。
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王者足らしめる執拗にストイックな文化
メルセデスのトト・ウォルフ代表は1-2フィニッシュを果たしたレースを終えて「我々はレッドブルの真のポテンシャルを目の当たりにはしていないし、同じことはメルセデスにも言える」と語り、レッドブル・リンクでの戦いのみを以て、今の勢力図を描くことは適切ではないと主張した。
ウォルフのこの発言は、ハミルトンがクリーンエアーを、フェルスタッペンがダーティーエアーを受けて走っていた事に触れてのものであったが、同じく前走車の乱気流の中を走り続けながらも2位でチェッカーフラッグを受けたボッタスは、フェルスタッペンに20秒差をつけている。
© Daimler AG
「また三味線を弾いている」で片付けてしまうと、英国ブラックリーのチームの恐ろしさを見誤ってしまうかもしれない。“即死”の恐れすらあったギアボックスの問題を僅か1週間で無害化した原動力の1つがここに隠れているからだ。
「先ほど述べたような考え方を繰り返して退屈させたくはないが、我々は常に自分たちのパフォーマンスに懐疑的な目を持ち、常に”これでは十分と言えない”と考えている」とウォルフは続ける。
「自分たちを常に追い込み続ける。それがこのチームのマインドセットなのだ。結果に満足する事など決してありはしない。もし何も知らずに、優勝を果たした翌日朝の我々の報告会の様子を見たとしたら、あなたは”このチームはたぶん昨日酷い負け方をしたんだろう”と思う事だろう」
「如何なる時も人を責めずに問題を責める。我々はそういう文化を培ってきたのだ」