2020年F1ロシアGPスタート直前のグリッドの様子
Courtesy Of Red Bull Content Pool

F1スプリント

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F1スプリント(英:Sprint)とは、従来の予選方式に代わって2021年の第10戦イギリスGPで史上初めて導入された決勝レースのグリッドを決するための予備レースを指す。

世界選手権化された1950年以降、1つの週末に複数レースが開催されたのは1959年のF1ドイツGP以来、62年ぶりの事だった。この時は全4コーナー、全長8,300mの超高速サーキット、アヴスが舞台で、タイヤへの懸念から2ヒート制でレースが行われた。

F1では従来、3ラウンド制のノックダウン方式による予選で決勝のスターティンググリッドを決してきた。これは各ドライバーの1ラップタイムを競うものだが、スプリントはこれに代えてレース形式でグリッドを決めようという試みだ。

イギリス、イタリア、サンパウロの3回に渡って試験的に実施した2021年に続き、2022年はその名称を「スプリント予選(英:Sprint Qualifying)」から「スプリント」へと変更。エミリア・ロマーニャGP、オーストリアGP、サンパウロGPの3回でスプリントフォーマットを採用する。なお2023年は6回に拡大される。

100kmの短距離戦

1時間という従来の予選時間枠に収めるため、距離は「100kmを超える最も少ない周回数」と定められており、通常のレースの3分の1の長さで行われる。ただし1時間を経過してなおレースが終了しない場合は、1時間経過時点の次のラップで先頭車両がコントロール・ラインを通過した時点でチェッカーフラッグが振られる。

現在のF1には耐久レース寄りな側面がある。ドライバーはレース中にタイヤやエンジン、ギアボックスを労らなければならない。当初スプリントは、チェッカーフラッグまでマネジメントなしの全開走行が期待されていたが、少なくとも2021年は序盤数周のみ激しいバトルが見られる展開となった。

2021年7月17日のF1イギリスGPスプリント予選レース開始直後のメインストレートの様子Courtesy Of Pirelli & C. S.p.A.

2021年7月17日のF1イギリスGPスプリント予選レース開始直後のメインストレートの様子

赤旗とリタイヤの扱い

赤旗中断が発生した場合はその分が規定時間に追加され、最大1.5時間まで延長される。なおフォーメーションラップがセーフティカー先導で開始された場合の規定周回数は1を引いた数となる。

スプリントで決勝レース出走資格が得られなかったドライバー(リタイヤやDNS)は、完走周回数の多い順に最後尾からスタートする。完走周回数が同じドライバーが複数いる場合は、スプリントのグリッドに基づいて順位が決定され、その後に各種グリッド降格が適用される。

ポイント配分

レース上位8名にはチャンピオンシップポイント(1位:8点、2位:7点、3位:6点、4位:5点、5位:4点、6位:3点、7位:2点、8位:1点)が与えられる。導入初年度は上位3名に3-2-1のポイントが付与されたが、2022年に改定された。

初導入前にF1は、3台以上にポイントを付与する方向で議論を進めていたものの、スプリントの価値が上がり過ぎると相対的に決勝の価値が下がるという事で、最終的に上位3名に落ち着いた経緯がある。

また、2021年当初はスプリント予選の勝者にポールポジション記録が与えられていたが、2022年は従来どおり、予選の最速タイム記録者にポールシッターの栄誉が与えられる事となった。なお決勝とは異なりスプリントの上位3名に”表彰台記録”が与えられる事はない。

セバスチャン・ベッテルとニコ・ロズベルグは2021年のスプリント予選実施を経て、予選最速者ではなくスプリント予選勝者にポールポジションを与えるのは筋違いだと批判していた。

なおレースが途中で中断され再開出来ない場合、2周以下であればノーポイント、規定レース距離の75%以下の場合はハーフポイントとなる。

2021年7月17日にシルバーストン・サーキットで開催されたF1イギリスGPのスプリント予選レースで勝利を収め、ウィナーリースを受け取ったレッドブル・ホンダのマックス・フェルスタッペンCourtesy Of Red Bull Content Pool

2021年7月17日にシルバーストン・サーキットで開催されたF1イギリスGPのスプリント予選レースで勝利を収め、ウィナーリースを受け取ったレッドブル・ホンダのマックス・フェルスタッペン

フォーマット

スプリントが採用される各週末のフォーマットは、FP3が廃止され予選が初日に行われるなど、以下の様に大幅に改定される。

時間 セッション
金曜 午前 フリー走行1
午後 予選
土曜 午前 フリー走行2
午後 スプリント
日曜 午後 決勝レース

スプリントのスターティンググリッドは初日金曜の”予選”で決定される。”予選”のフォーマットは従来通りで、3ラウンド制によるノックアウト方式で1周のラップタイムを競う。

スプリント向けの表彰式は行われないが、優勝者にはパルクフェルメで1970年代を彷彿とさせる”リース”授与式が行われる。

フリー走行は金曜午前と土曜午前の2回、計120分間に渡って行われる。決勝レースはスプリントの順位でグリッドが決められ、従来通り日曜に行われる。

タイヤに関するルール

F1第7戦フランスGPに持ち込まれたピレリのC3~C5タイヤ、2021年6月17日ポール・リカール・サーキットにてCourtesy Of Pirelli & C. S.p.A.

F1第7戦フランスGPに持ち込まれたピレリのC3~C5タイヤ、2021年6月17日ポール・リカール・サーキットにて

供給セット数

晴れ用のドライタイヤは通常13セットだが、スプリント適用週末は1セット少ない全12セットが各車に供給される。ミディアムは1セット増やされ、ソフトは2セット減らされる。

  • P Zero ソフトタイヤ(レッド)… 6セット
  • P Zero ミディアムタイヤ(イエロー)… 4セット
  • P Zero ハードタイヤ(ホワイト)… 2セット

ただし上記のアロケーションはピレリが同意する場合に限り、開催地によって個別に変更する事もできる。

雨用タイヤ

通常の週末と同く浅溝のインターミディエイトが4セット、深溝のフルウェットが3セットでアロケーションに変更はない。ただしウェットコンディションとなった場合に、以下の条件で1セットのインターミディエイトが追加供給される。

FP1か予選がウェット宣言の場合、インターを使用した全ドライバーに追加で1セットが、またFP1と予選はドライで、かつFP2はウェットになる可能性が高いとFIAが判断した場合には全車に1セットが追加提供される。ただしこの場合、スプリント前にインターを1セット返却する必要がある。

更にスプリントがウェットの場合も、使用者に追加で1セットが供給される。つまり最大で1つの週末に6セットのインターミディエイトタイヤを使用する事ができる

スプリント

使用コンパウンドに制限はなく、スタートを含めて各ドライバーは自由にタイヤを選択できる。また決勝とは異なり2種類のコンパウンドを使用する義務もない。つまりピットインは不要だ。

スプリント終了時に最も多くの周回を走ったタイヤをピレリに返却しなければならない。

決勝レース

グリッドポジションに関わらず、全てのドライバーが自由にスタートタイヤを選択する事ができる。ただし最低でも1回のピットストップを行い、少なくとも2種類のコンパウンドを使用しなければならないというルールは変わらない。

パルクフェルメ制限

ずらりと並ぶF1マシン、2020年F1エミリア・ロマーニャGPのパルクフェルメにてCourtesy Of Red Bull Content Pool

ずらりと並ぶF1マシン、2020年F1エミリア・ロマーニャGPのパルクフェルメにて

パルクフェルメは”予選専用マシン”を禁止するもので、予選が開始された後に一旦ピットレーンを離れると、チームは決勝開始までマシンに手を加える事ができない。つまり通常の週末同様にフロントウイングの調整を除いてサスペンションと空力に手を加える事は許されない

パワーユニット(PU)としてもFP1後にセッティングを確定させなければならない。レースモードで稼働させる時間が増える事から、信頼性という面でも通常の週末以上に厳しい。

なおホンダF1の本橋正充チーフエンジニアによると、FP1やFP2を終えてPUに何らかの不具合が確認されたとしても、次に控える予選・スプリントに向けて交換作業を行なうのは時間的に厳しい。

スプリント適用週末は予選がFP1直後に行われるため、セットアップを変更できる時間的猶予は僅かであり、アップグレードを持ち込むのは懸命とは言えない。

スプリント開始までにパルクフェルメに反した場合はスプリントがピットレーンスタートとなる。また、スプリント開始以降のパルクフェルメ違反者には決勝レースでのピットレーンスタートが言い渡される。

例外措置

ただし安全上の観点から、スプリントが適用される週末のパルクフェルメにおいては若干の変更の余地が認められ、以下の項目に関しては同じ仕様の別の部品と交換する事ができる。

  • ブレーキディスク・キャリパーパッド
  • エンジン排気系
  • エンジンオイルフィルター
  • 吸気エアフィルター
  • スパークプラグ

なおフロア下のプランクやクラッチ交換を例外として求める声も上がっていたが、結局これらがパルクフェルメの対象外リストに加えられる事はなかった。

また、通常イベントの際は同一スペック以外への交換はペナルティの対象だが、スプリント週末においては、同一イベントの事前のいずれかのセッションで使用済みのスペックであれば罰則なしに変更する事が出来る。

なお通常の週末同様にFIAがコンディション変化を宣言した場合、パルクフェルメ下にあっても技術責任者の判断に基づき、前後のブレーキダクトを変更することができる。

グリッド降格ペナルティの扱い

ギアボックス交換や、年間上限基数を超えるパワーユニット・コンポーネントの交換、そしてタイヤの不正使用に関するグリッド降格ペナルティはすべて、スプリントではなく決勝レースに適用される。

予算上限への影響

2021年シーズンは1億4500万ドル(約159億円)の予算制限が課された。そのため3回に渡るスプリント予選の試験導入に際しては、15万ドルを会計報告から除外できる事になった。つまり予算が実質的に15万ドル上乗せされた形だ。

またスプリントの最中にクラッシュによる損傷が原因でピットに入る、あるいはリタイヤした場合は、1台あたり10万ドル(約1300万円)を会計報告から除外する事ができる。10万ドルを超える損害が発生した場合は、先に加えて10万ドルとの差額に相当する金額を会計報告から除外できる。

スプリント予選の導入に際してチームとの交渉で最も大きな障害となったのが予算だった。走行距離の増加に伴う各種パーツの消耗・メンテナンスコスト、更には事故のリスクを考慮して、上記のように追加予算が認められた。

燃料制限

スプリントでは使用する燃料量に制限はない。つまりスタート時に望むだけの燃料をクルマに積む事ができる。ただし燃料流量は140kg/hに制限される。

ドライバー変更

通常の週末は「予選前まで」だが、スプリント採用の週末は、フリー走行2回目の開始前であればスチュワードの同意なくいつでも自由にドライバーを変更する事ができる。

導入の背景

ファンと交流するアルファロメオ・レーシングのキミ・ライコネンCourtesy Of Alfa Romeo Racing

ファンと交流するアルファロメオ・レーシングのキミ・ライコネン

リバティ・メディアにより買収された後のF1は、エンターテインメント性の向上によって既存のF1ファンのエンゲージメントを高め、更には潜在的ファン層を取り込むべく様々なアイデアを模索していた。

初日フリー走行の視聴者がコアファンに偏っていた事から、F1は金曜プラクティスの存在意義を再考した。3日間のイベント全体を通してファンにエンゲージメントできるあり方を模索する中、スプリントレースに白羽の矢が立った。

最初の具体案は、チャンピオンシップのランキングを元にしたリバースグリッド形式のスプリントレースであったが、V6ハイブリッド時代に無敵の強さを誇るメルセデスが真っ向から反対の立場を示した事で2020年にお蔵入りとなった。

2021年の第10戦イギリスGPでの試験導入が決まったスプリントレース式の予選フォーマットは当初、2020年の開幕戦オーストリアGPでの実施が提案されていたが、費用負担、ポイント配分、追加で必要となる予備パーツの確保、ドライバーとの契約など、解決すべき課題は多く実現には至らず、1年後のシルバーストンで実施される事となった。