
新生レッドブル:判明した”8つ”の事実―ホーナー解任とメキーズ就任の舞台裏、浮かび上がる青写真
クリスチャン・ホーナー解任劇から2週間。2025年F1第13戦ベルギーGPで、レッドブルのチーム代表として初の記者会見に臨んだローラン・メキーズの発言から、今回の衝撃的な人事の背景にある幾つかの事実、そして新生レッドブルが目指す青写真が浮かび上がってきた。
1:「寝耳に水」の後継指名、わずか数時間での決断
後任指名は計画的なプロセスを経たものと思われたが、実際には急転直下だった。メキーズによれば、解任発表の直前、レッドブル本社のオリバー・ミンツラフ投資部門CEOとヘルムート・マルコから突然の電話が入った。
「この役割を引き受けることに興味があるか?」——世間に解任が発表される「数時間前」の出来事だった。
レーシング・ブルズの英国本拠地ミルトン・キーンズにいたメキーズは「少し考えさせてほしい」と伝え、電話を切った。
「消化するのが本当に難しかった。でも、すぐに気づいたんだ。『ちょっと待て、これはレッドブルだぞ』と。彼らが私に電話してきて、この仕事を引き受けてほしいと言っているんだ…」
そして数時間後、メキーズは再び電話を取り、「もちろん」と返答した。
2:フェルスタッペンへの“特別対応”
Courtesy Of Red Bull Content Pool
プラクティス中にガレージで会話を交わすマックス・フェルスタッペン(レッドブル)とローラン・メキーズ(チーム代表)、2025年7月25日(金) F1ベルギーGP FP1(スパ・フランコルシャン)
興味深いのは、マックス・フェルスタッペンに対するホーナー解任の通知方法だ。新体制の主役であるメキーズがミンツラフやマルコから連絡を受けたのとは対照的に、フェルスタッペンにはより“特別なルート”が用意されていた。
フェルスタッペン自身が明かしたところによれば、彼への通知はレッドブル本社の経営幹部ではなく、より強い影響力を持つ株主から直接もたらされたという。筆頭株主チャルーム・ユーウィッタヤーが発表前夜にわざわざモナコを訪れ、本人に対面で説明したとも噂されている。
今回の決定の背景にフェルスタッペンの去就問題、とりわけメルセデス移籍の可能性が現実味を帯びてきたことが深く関係しているのは、ほとんど明らかなように思われる。
そして、あまりにも性急な後任指名の経緯や、関係者への通知方法の在り方を見ても、「チーム代表を交代する」ことそのものより、フェルスタッペンの去就問題に関連して「ホーナーを外す」こと自体が最大の目的だった可能性が高いという印象は、現時点で拭いきれない。
3:明かされなかった「解任の真実」
最も衝撃的だったのは、メキーズ自身も解任の理由を知らされていないという事実だ。記者から「解任された理由について説明はあったか?なぜ今このタイミングなのか説明を受けたか?」と問われたメキーズは次のように答えた。
「簡潔に言えば、いいえ、だ。説明はなかった。なぜ今なのか、なぜなのかという話には触れなかったが、今後チームに求められる目標についての概要は説明してくれた」
また、興味深いのは「外部の”雑音”を減らし、レースに集中したいという強い願望をチーム全員から感じる」との発言だった。ホーナーを取り巻くメディア報道やスキャンダルが、解任の一因だったのだろうか。
解任を決定したレッドブル本社からは、いまだに公式な説明が一切発表されていない。チーム史上最も成功した指導者の解任について、当の後継者すら理由を知らないという異常事態は今もなお続いている。
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チーム代表者会見に出席するローラン・メキーズ(レッドブル代表)、2025年7月25日(金) F1ベルギーGP(スパ・フランコルシャン)
4:新体制の核心は「ボトルネック解消」
メキーズは、チーム代表とCEOというホーナーの役職を一括して引き継いだ。だがその実態は、ホーナーが長年築いてきた「全権掌握型」体制とは異なるようだ。
組織運営の方向性について問われたメキーズは、詳細については口を閉ざしたものの、「全社レベルで“ボトルネック”を排除すること」が最優先事項の一つだと明かした。
これまでホーナーは、レッドブル・レーシング、レッドブル・アドバンスト・テクノロジーズ、レッドブル・パワートレインズなど、主要部門のすべてで実権を掌握していた。レッドブル本社経営陣の不満はここにあったとされる。
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レッドブル・アドバンスト・テクノロジーのロゴ、2022年5月3日
新体制では各部門に異なる責任者を配置し、権力の分散が図られるものと見られる。技術畑出身のメキーズが、オラクルやフォードといった有力パートナーとの数多の提携を取りまとめたホーナーのような卓越した商業的手腕を発揮できるかは未知数であり、少なくとも商業部門については、専任の責任者が新たに設けられる可能性が高そうだ。
参考になるのは、レッドブル傘下のレーシング・ブルズで採用されている複合的な体制だ。CEOピーター・バイエルとチーム代表アラン・パーメインが役割を分担し、さらにアルファタウリ時代にはミンツラフ主導のもと、商業部門の責任者としてラース・シュテーゲルマンが就任した経緯がある。
5:「カリスマ型」から「分散型」リーダーシップへ
ホーナーはF1界でも指折りのメディア巧者であり、チームの“顔”だった。一方のメキーズは、静かで思慮深いタイプだ。
メキーズの次の発言からは、ホーナーの“個人カリスマ型リーダーシップ”とは異なる、チームの集合知を活かす“分散型リーダーシップ”への転換を目指していることが読み取れる。
「彼のような“キャラクター”を引き継ぐことなんて誰にもできない。クリスチャンと“同じように”やれる人なんてどこにもいない。少なくとも私にはできない。私が担うのは、CEO兼チーム代表という役割だ」
「我々は、このチームに存在している驚くべき強みを頼りにするつもりだ。誰もが一歩ずつ前に進もうとしている。これは、チームのメンバー一人ひとりに、さらに大きな裁量と権限を与える好機でもある」
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メディアデーのためにパドック入りするローラン・メキーズ(レッドブル代表)、2025年7月24日(木) F1ベルギーGP(スパ・フランコルシャン)
6:現場を襲った動揺と不安
ホーナーの存在が如何に甚大であったかは、現場の反応からも明らかだ。
「最初の24時間は、この出来事に対して必至に対応しなければならなかった。誰にとっても予想外のことだったからね。発表直後の数時間は間違いなく、誰にとっても驚きであり、消化するための時間だった」とメキーズは明かした。
20年間チームを率いてきたカリスマ的リーダーの突然の退場に、現場は大きく動揺した。マルコとミンツラフに反発し、一部の従業員が離職を検討しているとの情報もある。
メキーズは「誰もが私を大いにサポートしてくれていると感じている」と語ったが、ホーナーを繰り返し称賛するなど一連の発言からは、チーム内に広がる動揺や分断を和らげようとする配慮がにじむ。裏を返せば、それだけ組織内に亀裂が生じている現実を物語っているとも言える。
ホーナーは、公の場では時に“悪役”として振る舞っていたものの、ファクトリー勤務のスタッフを含め、現場からは厚い信頼と支持を集めていたとされる。
7:ホーナーからの継続的な支援
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予選開始を待ちながらガレージで談笑するレッドブルのクリスチャン・ホーナー代表とマックス・フェルスタッペン、ヨス・フェルスタッペン、2024年11月2日(土) F1サンパウロGP(インテルラゴス・サーキット)
少々意外だったのは、解任されたホーナー本人からの継続的なサポートだった。ホーナーがメキーズをフェラーリからレーシング・ブルズへ招いた経緯もあり、両者の良好な関係が垣間見える。
「彼にとって本当に厳しい状況であるにもかかわらず、彼は私を支えてくれている。最初メッセージをくれたのも、最初に電話をくれたのも彼だった。今朝も昨日も、メッセージでやり取りしている」
「これほど困難な状況にあってなお、彼が支援を惜しまずにいてくれているのは本当に有り難いことだと思う」
8:フェルスタッペン残留の鍵は「速いクルマ」
4度のワールドチャンピオン、フェルスタッペンの契約にはパフォーマンスを指標とする解除条項が存在する。彼を繋ぎ止めることがメキーズの最重要課題の一つだ。
ではメキーズは、それをどのような方法で達成しようとしているのだろうか。その戦略は極めてシンプルだった。
「優先順位という点で言えば、マックスが求めているのは”速いクルマ”だと確信している。速いクルマを提供できれば、他のあらゆる懸念は問題ではなくなる」
結果で語る、技術者らしい現実的なアプローチといえるが、短期間で目に見える成果を上げるのは容易ではない。
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スプリント予選に向けて準備するマックス・フェルスタッペン(レッドブル)、2025年7月25日(金) F1ベルギーGP(スパ・フランコルシャン)
王者の転換点、新生レッドブルの行方
ホーナーという巨大な影の下から抜け出し、メキーズ率いる“新生レッドブル”は今、過渡期にある。カリスマ依存からの脱却と、組織の持続的成長を両立できるかどうかは、メキーズの手腕だけでなく、レッドブル本社の戦略的判断にかかっている。
分散型リーダーシップという新たな試みは成功するのか、それとも求心力を欠いて迷走するのか。王者レッドブルは、かつてない局面を迎えている。