メルセデスのコースサイドエンジニアリングディレクターを務めるアンドリュー・ショブリン
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F1の勝利はソフトウェアが左右する時代…メルセデスの開幕戦敗北理由は「バグが原因」

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1000馬力を超えるモンスターマシンを屈強な男たちが力でねじ伏せ世界の頂点を目指す…そんな時代は何処其処に。現代のF1は、ソフトウェアの品質が勝者を左右する時代となったようだ。

メルセデスAMGは、F1オーストラリアGPでのレース管理アプリケーションに発生した計算ミスの原因調査を実施。各車のタイムギャップ(デルタ)を計算するソフト上にバグがあった事を明らかにした。

バグによって勝利を逃したハミルトン

3月25日に開催された2018年シーズンの開幕戦、圧倒的な速さでトップを快走し余裕で優勝するかに思われたルイス・ハミルトン(Mercedes)であったが、ロマン・グロージャン(Haas)のリタイヤに起因するバーチャル・セーフティーカー=VSC中のピットストップによって、セバスチャン・ベッテル(Ferrari)に逆転劇を許すことになった。

ハミルトンはグリーンフラッグ下のVSC投入数周前にタイヤ交換を実施。一方のベッテルは、コース上に速度制限が敷かれたVSC中にピットイン。これによって大きなゲインを得た。メルセデスのレース戦略アプリはVSCが発生した場合に必要なベッテルとのギャップを算出、ストラテジストはこれに従いハミルトンのレースペースを管理していたが、この数値に誤りがあった。

ルイス・ハミルトンの運命を狂わせたオーストラリアGPでのピットストップの様子
© Mercedes-Benz Grand Prix Ltd、ハミルトンの運命を狂わせたピットストップの様子

トラックサイドのエンジニアリング・ディレクターを務めるアンドリュー・ショブリンは問題の調査結果を報告。それによると、原因は戦略アプリではなく、戦略アプリが使用するデルタタイムを算出する別のソフトウェアにあったという。

「レース戦略ソフトウェアではなく、デルタタイムを計算するオフラインツールに原因があった事が判明した。そのツールに誤った数字を算出するバグがあった事を突き止めた」

「(ソフトの算出結果に従ったため)我々はベッテルとのギャップは問題ないと考えていたが、結果は見ての通りさ。ポジションを逆転されてしまい、2位でレースを終える事になった」

ショブリンは、バグの解消に務めると共に、今回の反省を踏まえてより安全なマージンが表示されるようプログラムを変更するつもりであると付け加えた。「ベッテルが驚くほど素晴らしいラップで走行したり、最高のピットストップをしたとしても問題がないようなマージンを確保していくつもりだ」

仮にソフトウェアに問題がなければ、ハミルトンはベッテルに抜かれる事なくポール・トゥ・ウィンを果たしたのだろうか?ショブリンは、バグがなければ勝利していたはずだと述べ、ソフトの品質が明暗を分けたとの認識を示した。

「もっと攻めることはできた。あの時点では燃料をセーブしていたんだ。メルボルンでは105kgという燃料制限がかなり厳しかったからね。それにタイヤに対しても慎重になっていた。ベッテルが我々の後ろに戻ると考えていたから、安全だと考えていたんだ。だからルイスに対してプッシュしろとは伝えなかったんだよ」

「マシンには優勝できるだけの十分な速さがあったわけだから、メルボルンでのレースは大きなストレスだった。別の形でレースを管理できていれば勝利できたはずさ」

ソフトウェアの品質が勝利を左右する時代

ドライバーの腕とマシン性能だけではなく、ソフトウェアを含めたチームの”総合力”が勝敗を分ける時代に突入したフォーミュラ1。世界最先端を自認するF1が時代の流れに逆行する事は考えにくく、このトレンドは今後ますます加速していくだろう。

将来的には、エンジンを制御するコンピュータにAIが搭載され、レース状況を判断しながら自動的にエンジンマップを変更。あるいは、チーム2台のマシンに搭載された人工知能が互いに通信し合い、チームとしてより多くのポイントが獲得できるよう、ドライバーの知らぬ間に一台のマシンのエンジン出力を低下させる事でライバルを妨害し、もう一台を…などという光景を想像することは容易い。

メルセデスの開発拠点ブラックリー
© Mercedes-Benz Grand Prix Ltd、IT会社のオフィスのようなメルセデスの開発拠点ブラックリー

更に言えば、メルセデスのようなワークスチームは同一エンジンを搭載する全てのマシンからのレース中のリアルタイムデータを元にレース戦略を立案。これに基づき、同一エンジンを搭載する全てのマシンのECUを制御して、自チームに有利なように…等という事もあり得るかもしれない。

例えば、F1ではステアリングに関してパワステを許可する一方で電子制御は禁止するなど、レギュレーションは自動制御の類を排除する方向で策定されている。だが抜け穴がないとは限らない上に、技術は日進月歩で進化し続けるため、規約がこれに追いついていない可能性もある。

仮にそんな時代が訪れたとしたら、あなたはF1を見続けるだろうか? それとも、ドライバーとチームの”腕”が試されるインディカー等の他のシリーズに浮気するだろうか? 今回の一件は、F1とは何か?レースとはどうあるべきか?という本質的な問いを、我々に改めて問いかけているような気がする。