MGU-H
MGU-H(エム・ジー・ユー・エイチ)とは、エンジンの排気ガスを電気エネルギーへと変換してエンジン出力を上乗せするハイブリッドシステムの事で、2014年にF1に導入された1.6リッターV6ハイブリッド・ターボエンジン、通称F1パワーユニットを構成する6大コンポーネントの一つ。MGU-Hは「Motor Generator Unit Heat」の略称である。
運動エネルギーを回生するMGU-KとMGU-Hの2つを合わせてERS=エネルギー回生システムと呼ぶ。回生されたエネルギーは内燃機関(エンジン)が生み出すパワーと合算されマシンを駆動させる。
市販車でお馴染みのハイブリッドは運動エネルギーのみを回生するが、現代のF1マシンはエンジンから大気中に放出され温暖化の原因ともされる二酸化炭素を含む排気ガスさえも再利用し、これを動力に変えてしまう。
仕組みと原理
ハイブリッドの基本は、利用されることなく無駄に垂れ流されていた何某かの力を利用して発電機を回し、電力を得る点にある。F1で使われているMGU-Hは、空気中に排出される排気を使って発電機を回してパワーとする。
熱エネルギーを回生する方法は原理的には複数考えられるが、規定上で「MUG-Hはターボチャージャーと機械的に連結している事」と定められているため、事実上、排気ガスを利用する方法に限定される。
F1パワーユニットには、MGU-Hと同じように排気ガスを利用するターボチャージャーの搭載が義務付けられている。両者は同軸上に設置され、いわば共生関係にある。
ターボチャージャーは、排気ガスによってタービン(扇風機の羽根のような形状)を回し、コンプレッサー(空気を圧縮させる機械)を稼働させ、圧縮された空気をエンジン内部に強制的に送り込む事で、燃焼効率を向上させて出力アップを狙う。
一方のMGU-Hは、全開加速時などタービンが余剰回転して排ガスを使い切れない場合に発電を行う。
MGU-Hの役割
MGU-Hは「熱エネルギーの回生」と「ターボラグの解消」という2つの役割を担っている。なお、レギュレーションで最低重量が4kg、最高回転数が125,000回転と定められている。それぞれについて詳しく見ていこう。
熱エネルギーの回生
MGU-Hは、大気中に放出された排気ガスを再利用して電気エネルギーに変換する。生成されたエネルギーは即座に使用するか、ESと呼ばれるバッテリーに蓄えておき後で使用するかを選択できる。エネルギーを実際に使用する(デプロイメント)際には、MGU-Kにこれを転送する必要がある。MGU-Kは運動エネルギーの回生を担当するだけでなく、蓄えたエネルギーを使ってエンジンをアシストする役割を兼任している。
ルール上、MGU-Hの回生エネルギー量に制限はないが、バッテリーからMGU-Kへの転送には1周あたり最大2MJという上限が定められている。そのため、MGU-Hで回生したエネルギーを一旦バッテリーに保存してしまうと、事実上制限がかけられる事になる。バッテリーを経由させずに使用すればこの限りではない。
ターボラグの解消
排気ガスはアクセルを踏み込んでいる際には大量に排出されるが、減速時や、アクセルオフの状態からオンにした直後にはあまり排出されない。そのため、コーナー出口からの脱出の際などには、アクセル操作から少し遅れたタイミングでターボが起動し始める。これをターボラグと呼ぶ。
このターボラグの解消のためにMGU-Hが使われる。ラグが発生してしまうタイミングでMGU-Hを使ってターボの代わりにコンプレッサーを稼働させ、エンジン内部に圧縮空気を送り込む。
MGU-Hの市販車転用
V6ハイブリッド時代の覇者メルセデスAMGは、乗用車から船舶まで幅広い種類の過給機を手掛けるギャレット・モーションと共同で「エレクトリック・エキゾーストガス・ターボチャージャー」と呼ぶ革新的技術を開発。MGU-Hのテクノロジーを次世代のロードカーに搭載する計画を2020年6月17日に明らかにした。
聞き慣れない名前を持つこのターボチャージャーの目玉は、排気側のタービンホイールと吸気側のコンプレッサーホイールとの間にあるシャフトに直接組み込まれた僅か4cmという小型の電動モーターにある。所謂”電動ターボチャージャー”だ。
この小型モーターは、排ガスを使ってタービンを回す事ができずターボチャージャーが機能しないような状況(アクセルを踏み込んだ瞬間など)において電気的にコンプレッサーを駆動させ、圧縮空気をシリンダーに送り込む役割を担う。これによってアイドリング時からの応答性の向上だけでなく、全回転域でのレスポンス改善が期待できる。
いわゆるターボラグを電気モーターで解消した形で、これはF1のMGU-Hも同様の役割を兼任しているが、パフォーマンス追求のためのMGU-Hとは異なり、エレクトリック・エキゾーストガス・ターボチャージャーはドライバビリティの改善を目的とした装置と言える。
信頼性を欠いたホンダのMGU-H
マクラーレンとタッグを組んで2015年にF1復帰を果たしたホンダだが、MGU-Hが大きな足かせとなり苦戦を強いられた。英国ウォーキングのチームは可能な限りリアエンドのボディーワークを絞る「サイズ・ゼロ」をコンセプトとして掲げ、ホンダに対してコンパクトなエンジンを作るよう求めていた。エンジンよりも車体の空力性能を優先したのだ。
ホンダはマクラーレンの要請に応えるために、ターボチャージャーやMGU-Hなどを可能な限り小型化して、これらをエンジンのVバンク内部にレイアウトした。このためMGU-Hの出力が頭打ちとなってしまい、ハイブリッドパワーでの追加馬力に限界が生じた。
そこでホンダは、2017年にパワーユニットのコンセプトを一新。MGU-Hやターボチャージャーを大型化し、ターボを構成していたコンプレッサーをVバンク前方へと再配置する。だが、ここで再びクリティカルな信頼性不足が露呈する。
HRD SakuraでMGU-H開発の主任研究員を務める乙部隆志氏によると、その主たる原因は「ローターダイナミクス」にあったという。これは回転機械物の振動・挙動に関する応用力学の専門分野の事で、コンプレッサーをVバンク前方へと再配置した事でタービンとコンプレッサーを繋ぐシャフト(軸)が長くなり、軸の共振に関する問題が発生した。
具体的には、ある一定のエンジン回転数・速度域でバンプや縁石に乗り上げた際に軸振動が一気に増大し、捻じれ、曲がろうとするシャフトの動きに対して、回転軸に取付けられたベアリング(回転する軸を支えるためのパーツ)が耐えきれずに破損。支持体を失ったシャフトが暴れまわる事でパワーユニット全体が破壊された。この年はバーレンやモナコ、アゼルバイジャン等の前半戦の多くで故障が相次いだ。
この問題を解決するためにホンダは、ガスタービンエンジンの知見を持つ航空機部門に助けを求めた。航空機用のエンジンは大型のプロペラとタービンが長い軸で連結されており、MGU-Hはコンプレッサーとタービンが軸で繋がれている事から構造が似ている。
ホンダジェットのエンジン開発担当主任研究員を務める藁科直美氏によると、ベアリングの配置や位置、軸の剛性を変更することで、シャフトの危険回転域(特に暴れまわろうとする回転域)をレース中に使用する常用回転域外へと追いやることで耐久性を高めたという。
この結果ホンダのF1パワーユニットは飛躍的に性能と信頼性を向上させた。2019年第2戦以降、レッドブルとトロロッソはMGU-Hの故障を原因とするリタイヤを経験していない。
廃止の流れから一変、2025年までの継続が決定
当初F1と国際自動車連盟(FIA)、そしてリバティ・メディアは、2021年より一新されるF1テクニカルレギュレーションにおいて高価で複雑極まるMGU-Hを廃止し、新規マニュファクチャラーの参入を促したい考えであったが、既存参戦メーカーからの反対もあって少なくとも2025年まで継続される事が決まった。
ハイブリッド・ターボ時代の王者メルセデスやホンダはMGU-Hの廃止に反対の意を唱え、フェラーリもこの青写真に強く反発した。