パディ・ロウ
人物データ
名前 | パディ・ロウ / Paddy Lowe |
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国籍 | イギリス |
出身地 | ナイロビ/ケニア |
生年月日 | 1962年04月08日 / 62歳 |
パディ・ロウは、イギリス出身のレースエンジニア。2013年から2017年までメルセデスの最高技術責任者を、2017年から2019年までウィリアムズで同職を務めていた。ナイジェル・マンセル、アラン・プロスト、ミカ・ハッキネン、ルイス・ハミルトン、ニコ・ロズベルグらが成し遂げた計8回もの世界タイトル獲得に貢献してきた実績を持つF1界の著名なエンジニアとして知られる。
主なキャリア
ウィリアムズ時代 1987年–1993年
1984年にケンブリッジ大にて工学の学位を取得し卒業、87年にウィリアムズの電子工学のトップとしてF1でのキャリアをスタートさせた。主にアクティブサスペンションの開発に携わり、92年にはナイジェル・マンセル、93年にはアラン・プロストのワールドチャンピオン獲得に大きく貢献した。
マクラーレン時代 1993年–2013年
ウィリアムズでの6年の勤務の後、93年に研究開発部門のトップとしてマクラーレンへ移籍し、98年、99年のミカ・ハッキネンの世界タイトル獲得に尽力。2001年にシステム開発部門トップに就任、2005年には同チームを離脱したエイドリアン・ニューウェイに替わってエンジニアリング・ディレクターとなった。
2008年にはルイス・ハミルトンのワールドチャンピオン獲得の大きな立役者となる。2011年に最高技術責任者となった後、2013年にマクラーレンでの20年ものキャリアに別れを告げ、ウィリアムズの元株主であるトト・ウォルフとともにメルセデスへと移籍した。
メルセデス時代 2013年–2017年
3年連続のコンストラクタータイトル、ルイス・ハミルトンの2度目、3度目のワールドチャンピオン、そしてニコ・ロズベルグのキャリア初のワールドチャンピオン獲得に貢献。2016年までとなっていたメルセデスとの契約を更新せずに同チームを去り、古巣のウィリアムズへと移籍する。2015年にはこれまでの数々の功績が認められ、英国の王立工学アカデミーのフェローに選出された。
ウィリアムズ時代 2017年–
2017年に最高技術責任者兼、取締役としてウィリアムズに移籍。低迷するチームの立て直しのためには有能なエンジニアが必要だと考え、翌18年にかつての同僚ダグ・マッキアナンを部下として起用した。
ウィリアムズは2019年、開発の遅れからシーズン前バルセロナ合同テスト初日までにマシンを持ち込めず、開幕前から大きく後退。FW42の開発を指揮したパディ・ロウは、初戦を迎える前に「個人的理由による休暇」によってチームを離脱。その後、6月25日付で退職し役員からも退いた。