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エイドリアン・ニューウェイ

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人物データ

名前
エイドリアン・ニューウェイ / Adrian Newey
国籍
イギリス
出身地
ウォリックシャー
生年月日
1958年12月26日 / 60歳

エイドリアン・ニューウェイ、1958年12月26日生まれのイギリス出身レーシングカー・デザイナーで、現レッドブル・レーシングのチーフ・テクニカル・オフィサー。日本語表記としてはエイドリアン・ニューエイ、エイドリアン・ニューウィー、エイドリアン・ニューイなど。

空力の鬼才として知られ、手がけたマシンはウィリアムズ、マクラーレン、レッドブルの3チームにおいてグランプリ優勝100回以上を誇り、7回のコンストラクターズタイトルとドライバーズタイトルの獲得に貢献している。

16歳で学校を退学になったにも関わらず、歴史上最も偉大なF1デザイナーと称されるようになった。年間約700万ポンド(日本円にして約9億円)を稼いでいるとされる。

空力の専門家でありレーサー

2010年にジネッタG50カップでクラッシュし病院に搬送されたことは記憶に新しいが、ニューウェイはデザイナーであるとともにレーサーでもある。

マシンデザインにはB2鉛筆を使う

ニューウェイはマシンを設計するときCAD(コンピュータ支援設計)システムをつかわない。PCを使わないのだ。ディフューザやサスペンションのレイアウトをスケッチする時、必ず2Bの鉛筆と製図板を使ってデザインする。

主なキャリア

1981年からの9年間マーチ(その後のレイトン・ハウス)で働き、1990年にパトリック・ヘッドがウィリアムズに勧誘したことでF1の世界へと足を踏み入れた。

1990-1996年 ウィリアムズ: 優勝53回

豊富な予算、最高のドライバーのおかげで圧倒的な勝利数を積み重ねた。しかし1994年ウィリアムズに乗っていたアイルトン・セナが死亡。ニューウェイ曰く「設計の過失がセナの死につながったと感じていたら、仕事に戻るのがとても難しかっただろう。でもわたしはそれが原因だったとは思っていない。」

1997年-2005年 マクラーレン: 優勝44回

ミカ・ハッキネンが1998年と1999年のドライバーズ・タイトル獲得。しかしフェラーリとミハエル・シューマッハが君臨によりマクラーレンは停滞する。これを機にニューウィは、チャレンジと報酬に誘われてレッドブルに移籍した。

「ウィリアムズとマクラーレンという、わたしが移籍する前から優勝経験があったが、設計面で少し迷っていた偉大な2チームで、わたしの仕事は本当に設計が主体だった。だからこそわたしはレッドブルに移籍した。チームの発展に最初から手を貸したかった」

2006年-現在 レッドブル: 優勝15回

レッドブルにおいてニューウィのマシンのレース優勝は100回を越えた。ハイブリッドターボが導入された2014年、フェラーリからレッドブルの2倍以上の年俸を提示された移籍のオファーを受けたが、これを断った。「レッドブルがキャリア最後のチームになると思う。幸い経済的には、働きたくなければ働く必要がない立場にいる。チームにいる理由は楽しいからだ。楽しくないのに楽しいようなふりはしない」