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ランス・ストロール

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ランス・ストロールは、カナダ出身のレーシングドライバー。2017年にウィリアムズからF1デビュー。チームメイトとなったのはベテランのフェリペ・マッサ、バルテリ・ボッタスが急遽メルセデスに移籍したため、引退宣言したマッサが教育係兼開発担当としてチームに残留した。

ホッケー、ゴルフ、サーフィンを趣味とする180cmの長身ドライバーで、2010年にフェラーリ・ドライバー・アカデミーのメンバーになるも、16年にウィリアムズ・ヤング・ディベロップメント・ドライバー(WYDD)となり、同年来季F1参戦が発表された。18歳でのF1デビューである。

プライベートと性格

ホッケー、ゴルフ、サーフィンを趣味とする180cmの長身ドライバー。F1デビュー当初は子供っぽい発言が多かったものの、シーズンを経るに連れて影を潜めてきた。雄弁にして自信家だが、レースとなると一辺し努力を重ねるタイプ。

父ローレンスは大富豪

オフィシャルWEBサイトを見ると気がつくのが、若く知名度もないドライバーにしてはやたらと作り込んだサイトになっている点。F1へのデビューが噂されたドライバーのサイトを過去いくつも見てきてたが、そもそもサイトがないドライバーも珍しくないにも関わらず、異様に金がかかっている。

それもそのはず、父ローレンス・S・ストロールは総資産2400億円で世界722位の大富豪(Forbes誌参照)。ローレンスはストロールがF3タイトルをとったチーム「プレマ・パワー」にも出資している。

ランス・ストロールの公式WEBサイト

本人曰く、ローレンスはモータースポーツ好きではあるものの、決して息子をドライバーにさせようとしていたわけではないという。

史上最大のペイドライバー

とは言え、初年度でのF3タイトル獲得は見事。F1参戦前年のマックス・フェルスタッペンはF3で3位という成績だった。ただし、実力だけでウィリアムズ参戦が決まったわけではない。WYDD就任半年足らずでのF1デビュー発表の裏には、日本円にして総額91億円もの資金持ち込みがあったとされる。

この金額はかつて”アクシデントの伝道師”、”F1界至宝の弾道ミサイル”などと言われ、一部のファンからの絶大な支持を得ていたベネズエラ人ドライバー、パストール・マルドナドを凌ぐ(年間4,500万ドル、日本円にして50億円程度)ため、史上最大のペイドライバーと揶揄された。ストロールは第二の”師匠”!? F1ミサイル再びの期待 -相次ぐクラッシュとペイドライバー

豊富な資金によって、ストロールは膨大な数のプライベートテストを行ってきた。F1昇格前はもとより、デビュー初年度の第7戦カナダGP後にはアメリカのサーキット・オブ・ジ・アメリカズで、第12戦ベルギーGP前にはドイツのホッケンハイム・リンク、またシーズン前には中国とセパンで予行練習を重ねた。F1日本GPの前には鈴鹿でも極秘プライベートテストを実施したようだ。

無論、F1ドライバーという席を手にするためには実力だけでは不十分だが、今まで多くの実力あるドライバーがF1間近まで来てチャンスに恵まれず去っていったことを思えば、彼らの戦歴はこんなものではなかった。

ランス・ストロール
©lancestroll.com

裕福ながらも何故危険な仕事であるドライバーを目指したのか?という問についてストロールは「刺激のない人生は退屈だから」とその理由を語っている(ストロールQ&A)。

名言

「でも心配いらないよ、まだ練習だからね」2017年のバーレーンGP初日を7番手で終えたフェリペ・マッサに対して16番手だった事へのコメント(詳細)。

「プレステで走ってる時にいつも苦労するのがこの2つのコーナーなんだ。ゲームでもうまくやれないんだけど、現実でもこの2つに苦労してるんだ!」2017年第6戦F1モナコGP初日のフリー走行を終えてのインタビューで(詳細)。

「僕は良いスタートを決めたんだけど、こんなに危険だとは思ってなかったよ!何人かが僕の前でかなり早くブレーキを踏んだから、ブレーキングを遅らせて彼らの前に躍り出てやったんだ。でもその時に、(ブレーキングを遅くしたために)フラットスポットができちゃった」デビュー戦となったF1オーストラリアGP決勝レースを終えてのコメント(詳細)。

主なキャリア

2008年からカートを始め、2015年にニュージーランドで開催されているトヨタ・レーシング・シリーズで初参戦でタイトルを獲得。その後F3チャンピオンを経て、2017年シーズンのレギュラードライバーとしてウィリアムズから参戦した。

2010年
フェラーリ・ドライバー・アカデミーのメンバーに
2015年
トヨタ・レーシング・シリーズへ参戦、初出場でタイトル獲得
プレマ・パワーチームからF3に参戦、総合6位/チームメイトのフェリックス・ローゼンクイストがタイトル獲得
ウィリアムズ・ヤング・ディベロップメント・ドライバーのメンバーに
2016年
F3タイトルを獲得
2017年
ウィリアムズからF1参戦、年間12位
2018年
ウィリアムズに残留
デイトナ24時間レースに参戦

F1でのキャリア

ウィリアムズ時代 – 2017年~

プレシーズンテストと開幕オーストラリアGPの計6回のセッション中3回でマシン操作を誤りクラッシュ、厳しいF1デビューとなった。この悪い流れは止まらず、第2戦中国、第3戦バーレーンでも同様にクラッシュしマシンを大破させた。

シーズンを通してマッサに見劣りするレースが多かったものの、母国カナダGPで9位初入賞を果たした後に調子をあげ、生き残ったのは僅か13台という大混乱のアゼルバイジャンでは3位を獲得、ルーキーシーズンとしての初表彰台最年少記録を更新した。

ドライバーズランキングでは11位のフェリペ・マッサに迫る12位を記録。まずまずのルーキーシーズンとなった。安定感もなければドライビングにも未熟な側面があるものの、チャンスへの嗅覚と度胸には注目すべきものがある。