イモラサーキットで開催された2003年F1サンマリノGP決勝スタート前のホームストレートの様子copyright Ferrari S.p.A.

イモラ・サーキット

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サーキットデータ

名前 イモラ・サーキット
所在国 イタリア
設立年 1953年
デザイン 改修時:ヘルマン・ティルケ
全長 4,909m | 21コーナー
WEBサイト www.autodromoimola.it
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*1 ポールポジションから最初の制動地点までの距離
*2 全開率は距離ではなくタイムベースで算出

イモラ・サーキットとは(英:Imola Circuit)、イタリアのイモラ市にあるサーキット。イタリア語での正式名称はアウトードロモ・エンツォ・エ・ディーノ・フェラーリ(Autodromo Internazionale Enzo e Dino Ferrari)で、フェラーリ創業者のエンツォ・フェラーリとその息子のディーノを記念して名付けられた。1989年のエンツォの死を機に、アウトードロモ・ディーノ・フェラーリから改称された。

1国1開催を原則とすることになった2007年以後、F1イタリアGPの舞台はモンツァ・サーキットへと移った。F1カレンダーから脱落した後、ヘルマン・ティルケ監修のもと全面改修された。

これによりイモラは、F1のテスト走行ができる「グレード1T」認証へと格下げされたものの、2011年に再度、FIAの最高認証ライセンス「グレード1」の格付けを取得。新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の影響で再編が行われたF1カレンダー入りを目指して、2020年にライセンスを更新し、第13戦F1エミリア・ロマーニャGPの舞台として14年ぶりにF1に復活した。

イモラ・サーキットで開催されたF1 Clienti/XX Programmes

コースレイアウト

イモラサーキットのコースレイアウト図

全長3,909mの内の71.39%(約3,505m)がストレートで、右コーナーが9.81%(約482m)、左コーナーが18.77%(約921m)という構成のストップ・アンド・ゴー型のレイアウト。再開発計画の一環としてコース及び周辺施設の改修が2006年11月に開始され、2007年9月に完成した。

2009年夏には、国際モーターサイクル連盟のホモロゲーション要件を満たすためにピットレーンの前のシケインに調整が加えられた。また、2011年8月にはコースの70%を対象として路面の再舗装工事が行われている。

現在はシケインのタンブレッロだが、かつては危険な超高速コーナーであった。1987年にはネルソン・ピケが、1989年にはゲルハルト・ベルガーが、1992年にはリカルド・パトレーゼがぞれぞれクラッシュを喫し、そして1994年にはアイルトン・セナがレース中の事故によって死亡。その前日に行われた予選でローランド・ラッツェンバーガーが死亡した事と合わせて、タンブレッロとヴィルヌーブはそれぞれシケインに改修された。

コースレコード

決勝レースで計測される史上最速の”ラップレコード”は、2004年にフェラーリのミハエル・シューマッハが記録した1分20秒411。一方の”コース・レコード”は、同じく2004年にBARホンダのジェンソン・バトンが予選で記録した1分19秒753となっている。

ラップレコード
1:10.540(ボッタス/Mercedes、2018年)
コースレコード
1:07.281(ハミルトン/Mercedes、2018年)

魔の1994年サンマリノGP

イモラを語る上で避けて通れないのが1994年のサンマリノグランプリだ。そう、アイルトン・セナが、ローランド・ラッツェンバーガーが事故死したあのグランプリだ。

  • フリー走行、ジョーダンのルーベンス・バリチェロがコースアウトし横転。鼻骨を骨折。
  • 予選、シムテックのローランド・ラッツェンバーガーのマシンのフロントウイングが脱落。時速300km/hでコンクリート壁に激突し死亡。
  • 決勝、ベネトンのJ.J.レートにロータスのペドロ・ラミーが追突。壊れたパーツが観客席に飛散し数名が怪我。
  • 決勝、上記クラッシュによるセーフティーカー退出直後1周目にウイリアムズのアイルトン・セナがクラッシュ。帰らぬ人となる。
  • 決勝、ピットインしたミケーレ・アルボレートのリヤタイヤが外れ、ロータス・フェラーリのピットクルーに直撃し重傷。

写真

イモラサーキットで開催された2019年イタリアF4選手権第5戦

イモラサーキット

イモラサーキットで開催された2019年イタリアF4選手権第5戦