ホンダF1自らが分析する「成績不振の3つ原因」3年目のホンダエンジンが未だに遅い理由
黄金時代復活を期待されF1に舞い戻ったマクラーレン・ホンダであったが、3年という月日が流れてなお目立った活躍をみせることなく、その歴史を閉じることとなった。3年目にして入賞回数は僅かに8回、度重なるエンジン故障と他社に比べて非力なパワーが第二期マクラーレン・ホンダを苦しめた。
「参戦して3年も立つのに、どうして未だにこんなに遅いのか?」1980年代のF1を席巻した”マクラーレン・ホンダ”の名に対するファンの期待は裏切られ、中には厳しい意見を持つ者も少なくない。ホンダ自身は3年目の不振をどのように分析しているのだろうか?ホンダのF1プロジェクト総責任者である長谷川祐介は、その理由を以下の3つに集約する。
- 振り出しに戻ったエンジン開発
- 実車テストの制限
- アップデート投入の限界
1, イチからの出直し、振り出しに戻ったエンジン開発
© HONDA
ホンダは今年、これまでの2年間継続してきたエンジンコンセプトを捨て去り、ゼロベースの状態からエンジンを新たに作り上げた。長谷川の言葉を引用すれば、これは「2度目の1年目」に匹敵するほどの根本的な変更であり、一説には今季エンジンは旧式と比べてその9割が再設計された”別物”だと言われる。昨年までの設計方針ではライバルにキャッチアップするのが不可能、というのがコンセプト一新の理由だ。
これまで培ってきたものをすべて捨て去ったのは、ホンダが入賞ではなく表彰台の頂点を目指しているからに他ならない。他チームと大きな差が開いている中、長谷川は振り出しに戻る原因となった今年の大刷新を正当化する。
「ライバルに追いつくためにスペックを変更しましたが、この決断は、間違っていなかったと思います。昨年のコンセプトは今年とは全く異なるものでしたが、それを継続してもライバルと同じだけのパフォーマンスを出すことは出来ないと分析していました。だからこそ、エンジンコンセプトを刷新する必要があったのです」
読み誤った”サイズゼロ”コンセプト
F1復帰初年度の2015年、ホンダはマクラーレン側からの要望で「サイズゼロ」と呼ばれるアグレッシブなエンジンコンセプトを採用した。エンジン本体を極限にまで小さくし車体のパッケージングを優先するのがその目的であった。だが、このコンセプトには限界があった。パワーユニットの小型化は、パワーを上乗せするターボチャージャーやハイブリッドモーターの出力を制限してしまう事になり、パッケージングのアドバンテージではカバーできない損失を生むことになった。
上位争いを目指す上でコンセプトの刷新は必須命題であったが、当時はエンジン開発に制限を設ける「トークンシステム」が存在していたため、ホンダは2シーズン目も同じコンセプトを継続せざるを得なかった。15年ランキング9位だったマクラーレン・ホンダは、翌年に6位にまで挽回した。だが、サイズゼロを継続する限りは決して頂点には上り詰められない。トークン制度が廃止された17年、ホンダは振り出しに戻ることを覚悟の上で、新しいエンジンコンセプトを採用した。
ハイブリッドターボ時代4年目の今年、F1エンジンを供給する4社のパワーユニット構造は極めて近似してきており、重量、重心位置、燃焼方法等はほぼ同じ方向に収斂。サイズゼロは、新時代のF1エンジンの最適解とは程遠い場所にあった。
2, 実車テストの制限、相関の取れないダイナモ
creativeCommonsqJake 参考:ダイナモメーターでテストされるFord Mustang
コンセプトを一新したホンダに襲いかかったのは、ダイナモテストと実車テストでの結果の相違であった。開発に際しては、エンジン・ダイナモメーターと呼ばれる設備を使って、実車テストの前に各種の評価を行う。冬季テスト前の段階では、17年型エンジンはダイナモで非常に高いレベルのパフォーマンスを見せていた。だが、実車に積んでコース上を実際に走行すると、耐久性やパフォーマンスの点で問題が生じた。
長谷川によれば、このような問題はダイナモでは確認できておらず、マクラーレン製の車体に積んで初めて生じたトラブルだと言う。ダイナモと実車走行との相関が取れていなかったのがその原因であるが、ダイナモでは実車のGフォースや諸条件までは再現できない。
「ダイナモ上ではテストできるパーツは多くないので、実際のマシンを使って確かめる必要があります。もちろん、理論値に基づいて実車の環境を考慮しながらデザインはしますが、それが正しいとは限りません。こうした事情で、最初のテストでタンクに問題が出てしまいました」
バルセロナで開催された17年シーズン前の冬のテストでは、オイルタンクやシャシーへの組み付けに問題が生じ、ギアボックスとタイヤとの関係に起因すると見られるバイブレーションがマシンを破壊した。エンジンそのもののトラブルではなかったものの、開発は大きく後退することを迫られた。
理想的には実戦納入するまでに数多くの実車テストを行いたいところだが、近年のF1ではコスト削減施策の一環として実車テストが大きく制限されているためダイナモに頼らざるを得ない。ダイナモの相関が取れてさえいれば、このような問題は発生しなかったかもしれないが、如何にダイナモの精度が向上しようとも、それは実車走行とは似て非なるもの。テスト制限が開発を阻害しているのは事実であり、そもそもこのルールは過酷な開発競争を禁止することで、コスト削減を企てる試みである。
出戻りスタートを選択したホンダは、テスト走行制限によって問題解決に足踏みする事となった。
3, アップデート投入の限界、複雑極まるパワーユニット開発
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2014年、F1は1.6リッターV6ハイブリッドターボ時代の幕を開けた。フォーミュラ1とて世界的なエコ化の波には逆らえず、走行時に発生する様々なエネルギーを回生しエンジンパワーに転換するハイブリッドエンジンを採用するに至った。旧来のエンジンとはその仕組が大きく異なるため、新時代エンジンは「パワーユニット」と呼ばれている。
ブレーキング時の運動エネルギーと、排気ガスの熱エネルギーをエンジンパワーとして再利用するパワーユニットは、従来型のエンジンとは比較にならないほど複雑であり、どのメーカーにとっても未知の世界の代物である。当然その開発にも莫大な時間が必要となる。長谷川は、燃焼システム等の肝になる部分は検証作業に多くの時間がかかるため、実戦納入するまでに半年近い時間を要すると語る。今季型のパワーユニット設計にはほぼ1年を費やしたそうだ。
17年の主なエンジンアップデート
ホンダはパワーユニットを構成するICE(ガソリンを使用して動力を発生させる所謂昔ながらのエンジン部分)の開発段階を表すために、”スペック〇〇”という呼称を用いる。ホンダは新設計のエンジンを投入した17年に、4つの大型のアップデートを施した。
仕様 | ラウンド | 日時 |
---|---|---|
スペック0 | プレシーズンテスト | 2月末 |
スペック1 | 開幕戦オーストラリアGP | 3月末 |
スペック2 | 第5戦スペインGP | 5月上旬 |
スペック3 | 第9戦オーストリアGP | 7月上旬 |
7月に導入されたスペック3エンジンの開発は、3ヶ月以上前の3月、つまりスペック1投入の段階から行われていた。トークンが廃止されたからと言って、毎戦のように大掛かりなアップデートを持ち込むのは難しい。無論これら大規模なアップグレード以外にもホンダは毎戦のようにエンジンをブラッシュアップしてるが、パフォーマンスが大きく変わるレベルのものではない。長谷川は開発速度については一定の評価をしており、出来うる限界ギリギリラインのアップグレードが実施されている状況だと語る。
「上位陣との差は縮まっていると分析していて、その点では我々の開発スピードは悪くないと思います。ただ、我々は追いかける立場ですし、目標値は既にライバルが達成済みで我々にも実現可能なものであるべきなので、この状況は当然だとも思っています」
王者メルセデスは、2007年からハイブリッドターボエンジンの開発をスタートしていたと言われており、その開発期間は10年にも及ぶ一方ホンダは僅か4年、先行者利益は想像以上に大きい。他社もガチンコで開発を進める中、ノウハウと経験において圧倒的な差をつけられている立場でキャッチアップするには、ライバル以上の向上曲線を描き続ける必要がある。
ホンダはスタートで躓いた事で大きなハンデを負った上、挽回のためのアップグレード投入には時間的限界があるがために、その停滞期間が長引いている。
17年ホンダF1の低迷の原因は”勝利を目指した”ため
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メディアに踊る「単独最下位」の見出しは、内情を知らない我々ファンにとってはかなりショッキングなものだが、毎戦毎の長谷川のコメントに悲観した様子はあまり見られない。それは、今年の低迷は想定の範囲内であり、トップに返り咲くために取ったリスクの結果、との認識があるためなのだろう。
人がパニックに陥るのは、自身の置かれた状況を理解できていないからだ。根本的な理由を理解している時、人はそう簡単にはパニックに陥らない。ホンダは自らがより高みを目指すために取ったリスクによって振り出しに戻り、ダイナモと実走との相違によって足を引っ張られ、アップデート投入の限界性故に、昨年を下回る成績を計上している。
低迷の真の原因がどこにあるのかは当のホンダ以外には知る術もないが、原因が何であれ当事者が問題を正確に把握できてさえいれば、困難の程度の違いこそあれ解決は不可能ではない。
期待されたスペック4エンジンは18年シーズンに持ち越しとなり、マクラーレンと袂を分かったホンダはイタリアの中堅チームであるトロ・ロッソとの新たな挑戦に挑む。来季は今季型のコンセプトを継承しつつ、リスクヘッジのため今季最終型エンジンをストックする。
トロ・ロッソの若手デザイナーであるジェームス・キーの腕は確かだが、資本・リソースを考えれば、トロ・ロッソのシャシーで表彰台争いを期待するのは難しい。とは言え、2019年にはトロ・ロッソの親チームであるレッドブルとの提携の可能性も高まっており、ホンダとしては是が非でも結果を出しグリッド最強シャシーを手に入れたいところ。
来年の今頃「4年目のホンダエンジンが未だに遅い理由」という記事を書かずに済むことを祈りたい。