
F1モナコ戦略迷宮―新タイヤ規定の”真の恐ろしさ”とは? 常識を壊し「カオス」を呼ぶ2ストップ義務
ランド・ノリスがポールポジションを獲得し、念願のF1モナコGP初勝利へ向け最高のスタートポジションを確保した。だが、2025年の本大会で導入される新しいタイヤルールは、F1カレンダーにおける「王冠の宝石」と呼ばれるこのレースに、前例のない「カオス」をもたらそうとしている。
揺らぐ歴史的ポールの重み
過去21年間で、ポールポジションから勝利を逃したドライバーはわずか5人。狭く、オーバーテイクがほぼ不可能とされるモンテカルロ市街地コースでは、スタートポジションが勝敗を左右する決定的な要素となってきた。しかしながら、今年はそのトレンドが大きく変わる可能性がある。
昨年のレースは「退屈」との批判を免れなかった。上位10台がスタート順のままフィニッシュし、記録されたオーバーテイクはわずか3回。この状況を受けてFIAが今年2月に発表したのが、「最低3セットのタイヤの使用を義務化」する新ルールだった。
モナコの“ポール神話”が崩れる可能性があるだけに、ノリスはこの状況を決して歓迎してはいない。
「誰にとってもチャンスが増えるとは思う。でもしょうがない。今のF1は、よりスペクタクルなショーを演出しようとするからね」としつつ、「もちろん、ポールという位置を踏まえれば、このルールには賛同しかねるけど、ルールを決めるのは僕じゃないからね」と複雑な心境を明かした。
Courtesy Of Pirelli & C. S.p.A.
韓国の俳優イ・ジョンジェからピレリ・ポールポジション賞を受け取るランド・ノリス(マクラーレン)、2025年5月24日(土) F1モナコGP予選(モンテカルロ市街地コース)
新タイヤ規定の”真の恐ろしさ”
シャルル・ルクレールが「カオスになる」と予測する新ルールの真の恐ろしさは、戦略の選択肢が爆発的に増えることにある。ピレリのモータースポーツ部門を率いるマリオ・イゾラの言葉を借りれば、「明日の展開が読める人がいたら、その人はストラテジストではなく天才」なのだ。
従来であれば、ポールのノリスはペースをコントロールしてトップを維持し、後続のピットストップを待ってタイヤを交換すればよかった。だが今回はそうはいかない。2回のピットストップをいつ行うか、どのタイミングで仕掛けるか、あるいは競合の動き次第で、レース全体の流れが一変する可能性がある。
マクラーレンのチーム代表アンドレア・ステラは「このルールの影響は、当初考えていたよりもはるかに広範囲に及ぶ」と認め、「どの位置からスタートするかによって選択肢は大きく異なるし、赤旗やセーフティーカー(SC)、チームプレー的な要素が加われば、想定できないようなシナリオが生まれる可能性もある」と付け加えた。
地元の英雄ルクレールは、2015年のニコ・ロズベルグ以来となるモナコ連覇を狙う。その選択肢は大きく2つ。ノリスを「アンダーカット」で出し抜くか、ロングスティントでSCを待ち、大きなゲインを狙うか、だ。
「後方のマシンから予想外のプレッシャーを受けるかもしれない。もしそうなれば、一層興味深いレースになるだろうね」とルクレール。この「後方からのプレッシャー」こそが、新ルールが生み出し得る最大の変化の1つだ。
Courtesy Of Ferrari S.p.A.
パルクフェルメでクルマを降りる予選2番手のシャルル・ルクレール(フェラーリ)、2025年5月24日(土) F1モナコGP(モンテカルロ市街地コース)
後方組の大胆な賭け
パワーダウンとクラッシュにより各々が予選不発に終わったメルセデス勢は、14番手のジョージ・ラッセル、15番手のアンドレア・キミ・アントネッリともに、1周目にピットインする「大胆な賭け」に出るかもしれない。
これは、早期のピットストップでクリーンエアを確保し、複数のドライバーをアンダーカットで抜き去る作戦だ。SCの導入が最たるリスクだが、後方からの逆転を狙うには価値ある一手といえる。
一方、ラッセル自身は予選後、予想外の下位に終わったため「これまで考えていた戦略はもう使えない」と認め、戦略が未定であることを明かしつつも、「週末は終わってしまった。本当にガッカリだ」と諦めムードを漂わせた。
グリッド降格ペナルティにより、本来あるべきポジションではなく、最後尾からスタートすることになるオリバー・ベアマン(ハース)やランス・ストロール(アストンマーチン)も、同様の戦略を採用する可能性が高いと見られる。
Courtesy Of Mercedes-Benz Grand Prix Ltd.
モンテカルロ市街地コースのミラボーコーナーにアプローチするアンドレア・キミ・アントネッリ(メルセデス)、2025年5月24日(土) F1モナコGP
さらなる“奇策”として考えられるのが、1周目と2周目に立て続けにピットストップを行い、早々にタイヤ交換義務を消化してしまうという戦略だ。その後は、ひたすらポジションを維持しながら走り切ることを狙う。
ただ、SCやバーチャル・セーフティーカー(VSC)、赤旗が出るたびに、実質的なポジションを落とすことになるため、これをモナコで採用するのは現実的とは言い難い。
チームメイト同士の連携
ドライバーズ選手権を争う上位チームや、車体性能がわずかにポイント圏に届かないチームは、2台のうち1台を使ってもう1台を援護する戦略を採る可能性がある。
想定されるシナリオの一つは、後方を走るチームメイトに、ピットアウト直後のライバル車を抑える役割を担わせるケース。もう一つは、後方のチームメイトが意図的にペースを落とし、先行するチームメイトがピットアウト後に活用できるギャップを作り出すという戦術だ。
例えば、フェルスタッペンが4番手、角田裕毅が12番手という布陣のレッドブルは、角田をチームプレーに活用する可能性が他のチームより高いといえる。
Courtesy Of Red Bull Content Pool
フリー走行前のファンステージで観客に向けてトークを行うエステバン・オコン、オリバー・ベアマン(ともにハース)、角田裕毅、マックス・フェルスタッペン(ともにレッドブル・レーシング)、2025年5月24日(土) F1モナコGP FP3(モンテカルロ市街地コース)
一方で、ノリスがポール、13点差でドライバーズ選手権をリードするオスカー・ピアストリが3番手というマクラーレンは、チームプレイ戦略を展開するだろうか?
自らを犠牲にしてチームメイトを助ける意思はあるか?との質問に対してピアストリは、「いくら払ってくれるんだい?」と冗談めかして答えた後、「僕だってレースに勝ちたい。かなりカオスなレースになりそうだけど、どうなるだろうね」と本音を明した。
訪れるか?新時代モナコ
新タイヤルールは、伝統的に「退屈」とされてきたモナコGPに革命をもたらそうとしている。依然としてポールのノリスが優位であることに疑いはないが、それでも勝利が保証されているわけではない。
爆発的に増加した戦略的選択肢、チームプレイ、後方からの大胆なギャンブル——これらすべてが組み合わせる時、日曜のレースは近年稀に見る「予測不可能」な展開となるかもしれない。
一方で、このルールには意外な抜け穴がある。正確には「2ストップ」ではなく「タイヤ3セットの使用」が義務なのだ。つまり、赤旗が2回出れば、その都度新しいセットに履き替えられるため、実質的にピットストップなしでレースを終えることも可能となる。
2025年F1モナコGP予選では、ランド・ノリス(マクラーレン)がポールポジションを獲得。2番手はシャルル・ルクレール(フェラーリ)、3番手はオスカー・ピアストリ(マクラーレン)という結果となった。
決勝レースは日本時間5月25日(日)22時にフォーメーションラップが開始され、1周3340mのモンテカルロ市街地コースを78周する事でチャンピオンシップを争う。レースの模様はDAZNとフジテレビNEXTで生配信・生中継される。