F1シーズンオフは繁忙期 / 新車開発に追われるメルセデスの舞台裏、ブラック企業並に忙しい?
「シーズンオフ」それは、F1ファンにとっては長く暗い暗黒の時間であるが、F1ファクトリーの照明が落ちることない。ファクトリー勤務のスタッフにとっては一年で最も多忙な時期であり、年末年始を含むホリデーシーズンは最繁忙期だ。
確かに、ドライバーにとっては束の間の休息を楽しむ貴重な時間だが、その響きとは裏腹に、F1チームにとっては「オン」ど真ん中だ。4年連続でダブルタイトルチームに輝いたメルセデスAMGの、シーズンオフ期間のファクトリーの裏側の様子をみてみよう。
年中図面作成に追われる設計部門
チーム内のほとんどの部署は24時間シフトで稼働。メルセデスでは5シフト制で700人以上の従業員が24時間勤務にあたっている。シーズンオフとは名ばかりに、休みが設定されているのはクリスマスのたった一日のみ。F1マシンの開発は、旧年の新車発表後にはスタートし最低1年を要する。シーズン開幕前には翌季のマシン開発が始まるのだ。
ブラックリーとブリックスワースのファクトリーではこの時期、新しいシーズンのためのマシン開発と準備に忙殺される。年明け2月末には新車発表が行われ、そのすぐ後にプレシーズンテストが開催される。締切は明確かつ絶対であり、”冬休み”の間はマシン設計、製造、組み立てプロセスに追われる。シーズン閉幕から1ヶ月半ほどで、チームは新車で使う全てのパーツ製造を完了する必要がある。
新車の設計はF1マシンを製造する最も最初のステップの1つだ。主任メカニカル・デザイン・エンジニアを務めるポールは、冬季期間には全く休みがない、と認める。F1マシンは、2万とも3万とも言われる膨大な数のパーツから構成される。
「我々にとってシーズンオフは繁忙期だ。限られた時間の中で大量の設計作業をこなさなくてはならないからね。ここ数ヶ月間、私は主にブレーキを冷却するためのコンポーネントを設計している。このコンポーネントは大抵、(F1マシンの中で)一番最後に設計されるものなんだ」
「F1マシンの設計開発はエアロダイナミックス・グループが主導しているから、空力的に最高のパフォーマンスを発揮できるマシンを得られるのであれば、他の作業は後回しにされる。例年サマーブレイクはしっかり休めるけど、パフォーマンスを向上させるために、今はシーズンぶっ通しで忙しいよ」
ポールの同僚ベンの一日は、朝早くに始まり終わりは夜遅い。「たいてい朝8時に始めて、終わるのは夜8時から10時位だね」とベン。「今はプレシーズンテストのためのパーツを準備しているところだ。意図した通りに機能するか、十分な強度を備えているかなどについて検証している」
F1では、安全性確保のために厳格なクラッシュテストが設けられている。参戦マシンには十分な強度が備わっていなければならず、一定以上の剛性を求められる。
“答え”を作るエアロダイナミクス部門
エアロダイナミクス部門は、風洞やCFDを利用してパーツ周りの空気の流れを計測しながら、絶えず新車開発の方向性の舵取りを調整する。同部門のチームリーダーを務めるピエルルイジは、心労の絶えない仕事だと語る。
「かなりのストレスがかかる仕事だよ。失敗は許されないからね。この時期は特に忙しいんだ。開発が長期にわたるアイテム周りの方向性を決めなきゃならないからね。締切は絶対だし、オンシーズン中に許されるような、スケジュールに対しての柔軟性は一切ない」
エアロダイナミクス部門の仕事のサイクルはハードだ。オンシーズン中、ピエルルイジはF1グランプリの開催スケジュールに沿った形で仕事をするが、風洞はそれとは全く異なるサイクルで稼働し続ける。そのため、彼は常に待機している必要があり、一つのタスクに多くの時間を割く。
主にパフォーマンスと剛性の観点から、エアロ部門のエンジニア達はモデルを作っては壊し、作っては壊しのプロセスを繰り返す。コンピューターを使用した流体解析が可能とは言え、パーツ同士の関係性や、風向きや風速、気温などの外部要因によってマシン周辺の空気の流れは大きく変化する。再現性は未だ限定的だ。空力の専門家達は、答えのない問題に答えを作り出す事を求められる。
測定機検査官のジョンの仕事はエアロ部門のそれとは対照的だ。「2日連続で同じ仕事をすることは決してないよ」とジョン。ジョンは午前中に終わるシフトで働いている。「常に次から次へと別の仕事をするからね。帰宅後にその日の仕事を振り返ることはない。他のメンバーが私の仕事を引き継ぎ、その日の夜には仕上げて終わらせてしまうからね」
「新車の造り方によってはシャットダウン期間の前後に数週間位ゆっくりできる事もあるけど、それ以外はいつも忙しい部門だと思う。車は常に変化していくものだから、我々は絶えず新しい部品を製造し続ける必要があるんだ」
加工中に図面が変わる製造部門
最上流工程にエアロダイナミクスを置くF1の開発では、下流工程に下るほどエアロ仕様変更の影響が大きくなる。工場のプロダクション・エンジニアを務めるトムによれば、パーツを加工している最中に図面が変わることも珍しくないという。
「製造中にだって仕様が変更されるんだ。だから、完成品が加工を始めた最初とは異なる可能性がある。それが製造現場のストレスだね」
複合材料の切り出しを担うマットは「切り出さなきゃならないコンポーネントが何千とある。そのすべてはオーダーメイドで手作りだ。車は常に進化しており、トラック毎に変化が加えられる」と語る。F1ファクトリーにおいては、同じ作業の繰り返し、単純労働作業は存在しない。
マシン開発競争は、コース上でのバトルと同じくらいに激しい。国際放送に映ることのない各チームのファクトリーでは、日夜最先端技術の決勝であるF1マシンの製造のために、コンポーネントの設計と製造というサイクルが絶えず繰り返されている。シーズンオフと言えども、ファクトリー内が静寂に包まれることはない。