2014年から2018年までF1世界選手権でダブルタイトルを獲得したメルセデスAMGのパワーユニットとF1マシン
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技術解説:F1電動化の歴史、ハイブリッド導入から10年…何がどう進化したのか?

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F1にハイブリッドシステムが持ち込まれて早10年が過ぎた。ルイス・ハミルトンが勝利した2009年のハンガリーGPは、F1の歴史の中でハイブリッドシステムを搭載したマシンが初めて優勝したレースだった。

F1に初めて電動技術が投入された2009年

F1における電動化の第一歩となったのが、運動エネルギー回生システム(KERS)の導入だった。2009年のF1レギュレーションでは任意でハイブリッドコンポーネントを搭載する事が認められた。現行規約でハイブリッドの搭載は義務だが、当時はKERSを使用するかどうかはチームの判断に委ねられていた。

2009年のチャンピオンシップを制したブラウンGPも、同2位を獲得したレッドブルも共に、従来型エンジンを搭載する事を選びハイブリッドシステムを嫌ったが、マクラーレン・メルセデスはKERSの搭載を選んだ。

7月26日に第10戦として開催されたハンガロリンクでのレースでハミルトンは、予選4番手からスタート。KERSの助けを借りてマーク・ウェバーをオーバーテイクすると、レースリーダーのフェルナンド・アロンソがリタイアした事でトップに立ち、通算10勝目を飾った。

これがF1史上初めて、ハイブリッドシステムを搭載した車両がグランプリレースを制した瞬間だった。

2009年F1ハンガリーGPを走るマクラーレン・メルセデスのルイス・ハミルトン
© Daimler AG /2009年F1ハンガリーGPを走るマクラーレン・メルセデスのルイス・ハミルトン

現行ハイブリッドシステムの仕組み

2014年に導入されたF1パワーユニットは6つのコンポーネントから構成され、そのうちの4つがハイブリッドシステムを形成している。2009年当時とは異なり、今では運動エネルギーだけでなく熱エネルギーをも再利用する。回生システム全体は総称として、エネルギー回収システム(ERS)と呼ばれている。

ブレーキング時の運動エネルギーを回収するMGU-K(モーター・ジェネレーター・ユニット・キネティック)はKERSよりも高性能だが、基本原理は同じだ。回生されたエネルギーはマシンの駆動力として上乗せされる。

もう一つの熱エネルギー回生システム、MGU-H(モーター・ジェネレーター・ユニット・ヒート)はコンプレッサーとターボチャージャーのタービンとの間に配置され、排気ガスを利用してエネルギーを作り出す。これは2014年になって初めて導入された仕組みだ。複雑奇怪なこのシステムについて詳しく知りたい方は、F1用語「MGU-H」を参照されたい。

いずれの電気的装置も、交流から直流へと変換するインバータに三相ケーブルで接続されている。これはエナジーストア、通称ESと呼ばれるリチウムイオンバッテリーに電力を蓄えるためだ。

2つの回生システムと内燃エンジンを含めたパワーユニットシステム全体は、CE(コントロール・エレクトロニクス)と呼ばれるコンピュータによって制御される。CEはレース中に、電気モーターの回転数やパワーの配分など、平均して43兆回以上という途方も無い回数の計算を行っている。

2018年仕様のホンダ製F1パワーユニットRA618H
© Honda / 2018年仕様のホンダ製F1パワーユニットRA618H

10年間でのハイブリッドシステムの進化

F1におけるハイブリッド時代の始まりは、エネルギー・リカバリー・システムが初めてテストに投入された2007年に遡る。当時のバッテリーパックは重量が107kgもあり(F1マシンの総重量は600kg程!)、エネルギー効率は39%に過ぎなかった。水冷式のパワーエレクトロニクスは分厚い箱に詰め込まれ、マシンの中でかなりのスペースを占めていた。

その2年後、KERSが初めて実戦で使用された時、システムの重量は大幅に減少していた。2009年のエナジーストアの重量は25.3kgで、2年前のバッテリーパックよりも75%以上も軽くなっていた。それだけではない。エネルギー効率も70%に向上していた。パワーエレクトロニクスは空冷式へと変更され、2年前と比べて遥かに小さなカーボンファイバー製の筐体に収められた。

次の大きなステップはパワーユニットが導入された2014年だ。この年F1は、ターボチャージャー付きの1.6リッターV6エンジンに高性能のハイブリッドシステムを組み合わせた新しい動力源を持ち込んだ。バッテリーの重量は規約によって20kg以上とするよう定められ、2007年と比較して81%も軽量化された。エネルギー密度は12倍に向上し、エナジーストアの効率は96%に達した。

ハイブリッド時代における内燃エンジンの役割

ハイブリッドという名が示す通り、化石燃料を燃やして二酸化炭素とパワーを取り出す旧来型の内燃エンジンも健在だ。コース上におけるエンジン性能は、出力と重量という2つの観点から評価することが出来る。

内燃エンジンの出力は、燃料流量とエンジン効率(燃料を如何に効率的に使えるかという指標)という2つの要素によって決まる。F1では燃料流量が1時間あたり100kgと制限されているため、ホンダやメルセデスなどのPUサプライヤーがパフォーマンス改善のために取り組める領域はエンジン効率のみと言える。だが、パフォーマンスという観点で言えば、もう一つの要素が存在する。

それは軽量化だ。レギュレーションによって、チームは1戦あたり110kgまでの燃料を使用することができるが、規約で定められた車両最低重量に燃料分の重量は含まれていない。そのため、より少ない燃料を搭載してレースをスタートする事ができれば、その分だけラップタイムを上げる事が出来る。一般に、5kgを削減することで0.2秒ラップタイムが向上すると考えられている。

環境に優しい「エコである事」が速さに直結するのが今のフォーミュラ1なのだ。

リザルトを左右するハイブリッド戦略

モータースポーツの世界では、コンマ1秒という僅かな時間の差がリザルトに大きな影響を与える。エネルギー回生システムと内燃エンジンの連携は、パワーユニットの性能を最大限に発揮させるために避けては通れない最重要課題のひとつであり、チームは毎週末頭を悩ませている。

グランプリに先立ってチームは、理想的なセットアップとシナリオをコンピューターシミュレーションで計算し、これをドライバー・イン・ループ(DiL)シミュレーターでテストして、サーキット毎に固有プロファイルを作成する。

言わずもがなサーキットによってコース特性が異なるため、ERSシステムはグランプリ毎に異なる方法でエネルギーを回収してデプロイする必要がある。DiLにより導き出されたプロファイルは、コンピュータの演算の精度を評価する上でも有効だ。

DiLで作成されたプロファイルは次にダイナモで実行され、テスト環境においてハード(実際のパワーユニット)を評価する。ダイナモでの作業が完了した後は実際のコースで確認作業が行われる。ただし、ERS戦略を最適化するためには非常に煩雑なシミュレーションが必要だ。

前提としてまずは、各々のサーキットにおけるマシンのブレーキ性能とコーナリング性能を予測した上で、MGU-Kに必要とされる稼働時間(熱・運動双方の回生エネルギーを使用する時間)を計算するためにエンジン全開時間を導き出し、バッテリーの使用戦略を検討する。その上で、どれ位の量のエネルギーをバッテリーから引き出すかを決めて、MGU-Hの回生エネルギー量の中のどの位の量をバッテリーに蓄えるべきかを決定する。

市販車業界への応用

運動エネルギーを回生するKERSシステムは市販車業界でも一般的だ。ハイブリッドのロードカーは、ブレーキングの際にディスクやドラムを使わずにモーターを使う事で発電し、これを電気エネルギーに変換してバッテリーに蓄電している。

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一方で、MGU-Hの背後にある熱エネルギー回生技術は市販車業界において一般的とは言えない。ボルグワーナー製の電動コンプレッサー「eBooster」や、メルセデス自身が開発する「エレクトリック・ブースター・コンプレッサー」がこの流れに沿ったものだと考えられるが、いずれも実車には搭載されておらず、市販車マーケットでMGU-H由来のテクノロジーを搭載した車は存在していない。(間違いあればご指摘ください!)

F1が推し進めるテクノロジーとの関連が深い領域のもう一つは高電圧システムだ。

電気システムにおけるエネルギーの損失は”熱”として現れるが、これは自動車にとって歓迎すべき事ではない。損失は電流を減らすことで低減できる。パワーを維持しながら電流を減らすためには、電圧を上げる必要がある。つまり高電圧が求められている。

F1のERS用バッテリーは1000ボルトに近づいている。現在の電動市販車は一般的に400ボルトまでのシステムで動作しているが、将来的には更に電圧を上げてF1に近づくものと考えられる。

F1と自動車産業の開発の道のりは非常に似ているが、1つだけ大きな違いがある。F1におけるテクノロジーはクルマを速く走らせるために使われるが、ロードカーの世界においては同じエネルギー量でより遠くへ行くために使われる。これは今後も変わる事がないだろう。