モニターに表示されるメルセデスF1マシン、メルセデスAMG F1の車体開発拠点ブラックリーの空力部門にて
Courtesy Of Daimler AG

技術解説:数値化されるF1エンジニアリング…データ分析とフォーミュラ1

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新車のコンセプトメイキングやマシン開発、そしてレースオペレーションや戦略の策定など、意思決定に際してのデータの重要性は言うまでもない。昨今のF1チームは極めてデータドリブンな組織である。

F1のレースウィークは、初日フリー走行、2日目の最終プラクティスと公式予選、そして決勝レースの3日間から構成されている。チームは週末の間、マシンに300個近いセンサーを取り付けて、出力・温度・圧力・排気といったパワーユニットに関するデータや、サスペンションやギアボックス、燃料の状態やタイヤ温度、そしてGフォースといった様々なデータを取得している。フロントノーズ下に仕込まれたサーマルイメージセンサーによって、路面温度を分析・記録する事もできる。

集められたデータはコンピューターによる演算処理を経て、各種ハードウェアの制御パラメータに使われる他、セットアップやトラブル検知等の基礎データに用いられるが、週末の間に一つのチームがコース上で得るデータ量は非常に膨大で、概ね1テラバイト前後に達するとされる。だが、これは氷山の一角に過ぎない。

車体やパワーユニットの開発拠点では、毎週約5テラバイトから10テラバイトのデータが生まれており、年間で生成される総データ量は350テラバイトを超える。特に数値流体力学(CFD)やコンピュータ支援設計(CAD)、風洞やテストリグなどのテクノロジー及びテスト手法界隈がもたらすデータは膨大だとされる。

メルセデスF1のブラックリー工場内部の製造加工機械
© Mercedes-Benz Grand Prix Ltd. / メルセデスの車体開発拠点

コンピューター上で扱えるよう、F1チームはあらゆる情報を定量化・数値化しようと試みている。収集されたデータは分析に回され、その結果に基づいて意思決定がなされる。今や、人工知能(AI)なくしてシャシー性能を迅速かつ正確に理解する事は難しく、デジタルエンジニアリングなくして激しいコンストラクター争いに打ち勝つことはできない。

350テラバイトという量はどれほどのものか。大雑把に言えば、本ページ(約150キロバイト)換算で約23億ページ分に相当する膨大な情報量だ。1ページを2分で読んだとして計46億分。シルバーアローの本拠、英国ブラックリーには従業員が700人程いるが、役割分担をして全員総出で読み漁ったとしても、1日8時間労働で50年近くかかる計算だ。

この中から、求めるデータを探し出すのは至難の業。F1チームがデータ分析やデータサイエンス、機械学習やAIといった最先端分野に多額の投資を行っているのはこれが一因だ。従業員を今の50倍雇うよりも遥かに迅速かつ低コストでデータを解読する事ができる。

デジタルエンジニアリングのメリットはコスト削減だけではない。チームはデータ分析によって各種コンポーネントの故障の兆候を示すパターンの特定を試みたり、走行後のタイヤ表面の写真をデータとして取り込み分析する事で、タイヤエンジニアが実物を目にする前に自動で事前解析が完了する仕組みを構築しているそうだ。あらゆる活動と行為が数値化によって変革されている。

こういった技術は、F1はおろか自動車産業界に留まらず、様々な領域で広く転用する事が可能だ。目の前の課題を解決するために、膨大かつ複雑なデータを迅速に分析する事が求められているのはF1だけではない。人の健康に関するデータ分析にF1で培われたツールセットが使われる、といった事が起こりうるわけだ。いや、もう既に実用化されているかもしれない。