
佐藤琢磨「本当に言葉がない」3度目の栄冠に向け完璧な展開も一転、”全て”を失った1ミス―2025年インディ500
第109回インディ500のレース前半。インディアナポリス・モーター・スピードウェイで最も輝いていたのは間違いなく佐藤琢磨(レイホール・レターマン・ラニガン・レーシング)だった。
51周という大会最多リードラップを記録し、3度目のインディ500制覇に向けて完璧なレースを展開していた佐藤。だが、82周目のコーションを機に動いた運命のピットストップで全てが変わった。
序盤から主導権を握った佐藤
スタート直後から積極的な走りを見せた佐藤は、11周目にロバート・シュワルツマン(プレマ・レーシング)とパトリシオ・オワード(マクラーレン)を立て続けに交わしてトップに立った。
19周目の3回目のコーションを機に1回目のピットストップを実施すると、一時8番手まで後退したものの、リスタート直後に2台を抜き去って6番手まで順位を戻す。
その後、ジャック・ハーヴィー(DRRキュージック・モータースポーツ)のピットインにより47周目に再びトップに浮上すると、佐藤はレースを支配し続けた。チームとの見事な連携、そして冬の間からエンジニアたちが作り上げてきたマシンが、勝利への確かな手応えを佐藤に与えていた。
Courtesy Of Penske Entertainment
ピットストップを終えてコースに戻る佐藤琢磨(レイホール・レターマン・ラニガン・レーシング)、2025年5月25日第109回インディ500(インディアナポリス・モーター・スピードウェイ)
運命を分けた82周目
「この3週間、チームクルーたちは、オープンテストで大破したクルマを作り直すという、本当に信じられないような仕事をしてくれたと思います」と佐藤が後に振り返ったように、チーム一丸となって臨んだこの日のレースは、まさに理想的な展開を見せていた。
「今日も序盤はアクシデントが色々とあったのですが、非常に落ち着いてレースをスタートすることができました。序盤は大きくリードし、最多リードを取って、ピットストップでも毎回、1位でコースに戻るという、これ以上ない環境と条件の中で走ることができました」
だが、82周目にリーナス・ヴィーケイ(デイル・コイン)のクラッシュで4回目のイエローコーションが提示されたその瞬間が、全てを変えた。佐藤はここでピットストップに向かったが、タイヤをロックアップさせピットボックスをオーバーシュート。この一度のミスで少なくとも12台に抜かれ、栄冠への道筋が一瞬にして閉ざされた。
興味深いことに、同じタイミングでピットインしたシュワルツマンも同様にタイヤロックアップに見舞われ、マシンにダメージを負いリタイヤに追い込まれた。冷えたタイヤとブレーキという条件は全車共通だったが、この場面で明暗が分かれた。
「全てを失った」瞬間の心境
「ピットストップの時にピットボックスに止まりきれず、それで全てを失ってしまいました」と語る佐藤の言葉には、チームの期待と努力に応えられなかったプロとしての責任感、そして人間らしい悔しさが滲み出ていた。
「長いコーションの後にピットに入ったんですが、もちろんタイヤやブレーキが冷えていたというのは、みんな同じ条件です。なので、言い訳はできないんですけども、そのたった一回、……いや、けっこう止まりきれなかったんですけど、それで全て失ってしまいました」
後半の粘りと最終結果
ピットストップの失敗により、17番手まで順位を落とした佐藤だが、それでも持ち前の集中力と粘り強さを発揮。最終のピットストップを終えると、ノーラン・シーゲル(マクラーレン)をオーバーテイクして12番手に浮上し、さらにエリオ・カストロネベス(メイヤー・シャンク)の燃料切れによるピットインで最終的に11位でフィニッシュした。
「集団の中では順位を上げるのが非常に難しかった」と佐藤が語るように、一度順位を落とすとポジションアップの機会が限られるのがインディ500の特徴でもある。
勝者への敬意とホンダの復活
レースは同じホンダエンジン勢のアレックス・パロウ(チップ・ガナッシ・レーシング)が念願の初制覇を達成する形で幕を閉じた。パロウは残り14周でマーカス・エリクソン(アンドレッティ)をパスして初のリードラップを奪うと、そのまま守り切ってフィニッシュした。
この結果について佐藤は、「ホンダHRC、そしてHRC USの皆さんが、この2年間の悔しさを見事に晴らす素晴らしいカムバックだったと思います」と、ホンダの奮闘を称えた。
Courtesy Of Honda Motor Co., Ltd
念願のインディ500初制覇を経てミルクを飲むアレックス・パロウ(チップ・ガナッシ)、2025年5月25日第109回インディ500(インディアナポリス・モーター・スピードウェイ)
未来への意志
レース後の佐藤の言葉は、失意の中にも前向きな意志を感じさせるものだった。
「非常に悔しいですが、もしまたチャンスがあれば挑戦したいですし、今日はもう本当に自分のミスで全てを失ったかと思うと、本当に言葉がないです。すみません」
そして最後に、「気持ちを改めて、今後も色々なことに挑戦していきたいと思います。ありがとうございました」と締めくくった。
Courtesy Of Penske Entertainment
スタート前恒例のドライバー紹介に参加するパトリシオ・オワード(マクラーレン)と佐藤琢磨(レイホール・レターマン・ラニガン・レーシング)、ロバート・シュワルツマン(プレマ・レーシング)、2025年5月25日第109回インディ500(インディアナポリス・モーター・スピードウェイ)
完璧なレース運びから一転、チャンスを逃した佐藤だが、次の彼の発言は、モータースポーツという競技がチーム戦であることを改めて感じさせるものだった。
「ここまでサポートしてくれたファンの皆さん、スポンサーの皆さん、そしてチームクルー全員に心から感謝したいです」
51周のリードラップという記録は、佐藤とチームの実力を証明するものであり、次なるチャンスへの希望の光でもある。