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シャルル・ルクレール

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シャルル・ルクレールは、モナコ出身のレースドライバー。2016年のGP3チャンピオンでありフェラーリ・ドライバー・アカデミーの一員。2018年に復活したアルファロメオ・ザウバーでF1デビューを果たし、参戦1年経たずしてキミ・ライコネンとトレードという形でのスクーデリア・フェラーリ昇格を決めた

17年のFIA F2選手権では全22戦中7戦を上げ282ポイントを獲得、圧倒的な強さを見せF2初代ワールドチャンピオンに輝き、F1デビューの権利を手にした。ルクレールは16年のF1イギリスGPフリー走行1でハースから出走、翌17年のインシーズン・ハンガリーテストではフェラーリSF17-Hを駆り、レギュラードライバーを抑え堂々の最速タイムを記録している。

主なキャリア

2014年
フォーミュラ・ルノー2.0に参戦、年間2位
2015年
欧州F3に参戦、年間4位
2016年
ARTグランプリからGP3に参戦、年間王者
ハースF1からイギリスGPフリー走行出走
2017年
プレマ・パワーからF2に参戦、現在選手権をリード
8月のF1公式テストに参加、最速タイムを記録
2018年
アルファロメオ・ザウバーからF1に参戦

幼馴染のジュール・ビアンキ

14年の日本GPでの事故によりこの世を去ったジュール・ビアンキとは幼馴染であり、ドライビングのアドバイスを受けていた仲であった。父親エルヴェがビアンキの父親と親友であったため、二人は知り合ったとされる。エルヴェもまたF3等でレースをしていたレーシングドライバーであり、F1でも数回テストを行っている。

ビアンキからの教えもあって早くから頭角を現したルクレールは、ビアンキと同じ様にFIA会長ジャン・トッドの息子であるニコラス・トッド率いるARM(オール・ロード・マネージメント)に加入。その後、フェラーリのジュニアプログラムに加わった。

フェラーリのレーシングスーツに身を包んだジュール・ビアンキ
© Ferrari S.p.A. / フェラーリのレーシングスーツに身を包んだビアンキ

ビアンキも同じ様に跳ね馬育成プログラムに在籍。非力なマルシャのマシンを巧みに操り入賞を重ねる活躍を披露。フェラーリ昇格が確実視されていたものの、2014年のF1日本GPで事故に遭い9か月後の2015年7月に帰らぬ人となった。親友を失ったルクレールは、その2年後にも54歳の若さで父親エルヴェを亡くし、立て続けに大事な人を失った。

フェラーリとの契約が発表された2018年9月11日、ルクレールは、このチャンスが得られたのは自身のキャリアを支えてくれた膨大な数の人々のサポートがあってこそ、との認識を示し、「亡き父やビアンキを失望させない、これまで以上に努力する」との決意を表明した。