シャルル・ルクレールcopyright Sauber Motorsport AG

ルクレール、跳馬昇格を喜ぶ一方で強い決意を表明「亡き父やビアンキを失望させない、これまで以上に努力する」

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F1参戦から1年経たずしてスクーデリア・フェラーリとの契約を掴んだシャルル・ルクレールは、このチャンスが得られたのは自身のキャリアを支えてくれた膨大な数の人々のサポートがあってこそ、との認識を示し、「亡くなった父やビアンキを失望させない、これまで以上に努力する」との決意を表明した。

「遂に夢が叶った…2019年からスクーデリア・フェラーリでF1を戦う事が決まった。チャンスを与えてくれたフェラーリ、2011年から僕を支えてくれているマネージャーのニコラス・トッド、そして家族に心から感謝している」

「もうこの世にはいないけど、恩返しをしなきゃならなかったパパやジュール(ビアンキ)にもありがとうを言いたい。二人は僕に沢山の事を教えてくれた。決して忘れたりはしない。それと、僕を信じてサポートし続けてくれた全ての人にもお礼を言うよ」

「皆をがっかりさせないためにこれまで以上に頑張る。でも、まずはF1でのチャンスをくれたザウバーという素晴らしいチームと一緒に今シーズンをしっかり戦って、僕の可能性をちゃんと証明しなきゃね」

ルクレールとジュール・ビアンキは幼少の頃からの友人同士で、ビアンキの父が経営するトラックコースで互いの腕を競い合っていた。ビアンキからの教えもあって早くから頭角を現したルクレールは、ビアンキと同じ様にニコラス・トッド率いるARMに加入。その後、フェラーリのジュニアプログラムに加わった。

ビアンキも同じ様に跳ね馬育成プログラムに在籍。非力なマルシャのマシンを巧みに操り入賞を重ねる活躍を披露。フェラーリ昇格が確実視されていたものの、2014年のF1日本GPで事故に遭い9か月後の2015年7月に帰らぬ人となった。

親友を失ったルクレールは、その2年後にも54歳の若さで父親エルヴェを亡くし、立て続けに大事な人を失った。