レッドブルのピットウォールに座るプリンシパル・ストラテジー・エンジニアを務めるハンナ・シュミッツ、2022年7月29日F1ハンガリーGP
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レッドブルの女性戦略家ハンナ・シュミッツとは? フェルスタッペンを支えるその仕事と人となり

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ミリ秒単位で結果が決まるF1において、その戦略的判断の一つひとつが勝敗を分ける事は全く珍しい事ではない。ハンガリーGPでの劇的勝利をお膳立てしたレッドブルのプリンシパル・ストラテジー・エンジニア、ハンナ・シュミッツ(Hannah Schmitz)とはどのような人物なのだろうか?

パワーユニットにトラブルが発生した事でマックス・フェルスタッペンが10番手と後手に回った予選を経て、レッドブルは事前のシミュレーションに基づき第1スティントをハードタイヤで走る戦略を立てていたが、フォーメーションラップを前に急遽、ソフトタイヤへの変更を決断した。

結果、シャルル・ルクレール(フェラーリ)が一時はラップをリードしながらも最終6位と転落した事に象徴されるように、ハードを投入したマシンは軒並みペースを失い、フェルスタッペンはカレンダーの中で最もオーバーテイクが難しいコースとして知られるハンガロリンクで大逆転優勝を飾った。

マックス・フェルスタッペンの勝利を祝うレッドブル・レーシング、2022年7月31日F1ハンガリーGPCourtesy Of Red Bull Content Pool

マックス・フェルスタッペンの勝利を祝うレッドブル・レーシング、2022年7月31日F1ハンガリーGP

戦略変更の舞台裏

ハンガロリンクでのレースを終えたハンナ・シュミッツはSky Sportsとのインタビューの中で、ハードタイヤでスタートするという当初の計画を覆した一端を次のように明かした。

「特にハンガリーはオーバーテイクが難しいため、典型的な戦略の1つはハードタイヤでスタートして第1スティントを引っ張るというもので、それが私達のプランでした」

「同時に私達はレース前に、涼しいダンプ・コンディションに関しても話し合っており、この場合はソフトタイヤが代替プランになるかもしれないと考えていました」

ソフトタイヤからミディアムタイヤに履き替えるマックス・フェルスタッペン(レッドブル)、2022年7月31日F1ハンガリーGP決勝レースCourtesy Of Red Bull Content Pool

ソフトタイヤからミディアムタイヤに履き替えるマックス・フェルスタッペン(レッドブル)、2022年7月31日F1ハンガリーGP決勝レース

直前に降った雨の影響でレース当日のコースはグリーンとなり、誰もが週末に経験した事のない未知のコンディションとなった。

「グリッドに向かうラップでは、ソフトタイヤを履いていたにも関わらず、二人のドライバーが声高に殆どグリップがないと訴え、レースエンジニア達はハードが良いアイデアだとは思えないと主張したんです」

ハンナ・シュミッツは現場からの声を吸い上げ、チーム代表を務めるクリスチャン・ホーナーを交えての「長い議論」に臨んだ。最終的にレッドブルは当初のレースプランを撤回。スタートでソフトタイヤを履かせる事を決断した。

「兎に角、表彰台に上がる事を考えていました。シミュレーションでは良くても3位か4位だったんです」

フェルスタッペンは瞬く間にフィールドを駆け上がっていき、派手にスピンを喫する場面がありながらも、10番グリッドからの大逆転優勝を飾った。

「本当に興奮しました。レース中に、これなら勝てるかもと思うことはありませんでした」

レース後、フェルスタッペンは「今日は戦略家のハンナがすごく落ち着いていて、本当に良い仕事をしてくれた」と称賛の言葉を贈った。

機械工学を学びF1へ、戦略家の役割

ハンナ・シュミッツはケンブリッジ大学で機械工学を学んだ後、2009年にインターンとしてチームに参加。現在は首席戦略エンジニアという立場で、レース戦略責任者のウィル・コートニーやストラテジーチームと共に、舞台裏でフェルスタッペンとペレスを支援する。

データ解析(統計モデリング、最適化、回帰分析)を得意とし、数値解析ソフトウェア「MATLAB」やVBAを含めたExcelを駆使して最適なレース戦略を練り上げる。

レッドブルのプリンシパル・ストラテジー・エンジニアを務めるハンナ・シュミッツ、2022年7月29日F1ハンガリーGPCourtesy Of Red Bull Content Pool

レッドブルのプリンシパル・ストラテジー・エンジニアを務めるハンナ・シュミッツ、2022年7月29日F1ハンガリーGP

黄旗、赤旗、クラッシュ、ペナルティ、不安定な天候など、レースで何が起きるかは誰にも分からない。どんなに入念に準備したところで完全というものは存在しない。

ピットインのタイミングや回数、使用するタイヤ、アタックするタイミング、ペースを維持するタイミング、ドライバー同士の連携など、すべてはデータに基づいて決定される。

レース当日の朝、ハンナ・シュミッツはドライバーやレースエンジニア、エイドリアン・ニューウェイ、そしてホーナーらと共に、レースプランを検討するためのディスカッション形式のミーティングに参加する。

サーキットのピットウォールにいることもあれば、ミルトンキーンズの本拠地にあるオペレーションルームにいることもある。レース戦略責任者のウィル・コートニーとの交代制だ。

何処にいようがミッションは変わらないものの、その役割は大きく異なる。

ピットウォールでは、冷静さを保ち、レースに勝つための大局的な判断をすることが重要だ。対するオペレーションルームでは、ストラテジストがリアルタイムで行った計算やシミュレーションによるデータを現場に伝え、エンジニアと共に最適な判断を下す事が求められる。

ストラテジストに必要なのは信頼関係

決して順風満帆なキャリアではなかった。

グリッドを見渡せば明らかなように、F1は依然として男社会だ。ハンナ・シュミッツ曰く、ストラテジストとして成功するためには信頼関係が欠かせないが、女性である彼女にとって、それは大きなハードルだったと言う。

「ストラテジストは、たくさんの人たちに何をすべきかを指示しなければならず、自分の意見を聞いてもらう必要があります」

「そのため信頼関係を築くことが重要になるのですが、残念ながら女性にとってそれは決して簡単なことではありませんでした。今は敬意を以て見てくれていますけどね」

ピットウォールでデータを注視するレッドブルのプリンシパル・ストラテジー・エンジニアを務めるハンナ・シュミッツ、2020年8月29日F1ベルギーGPCourtesy Of Red Bull Content Pool

ピットウォールでデータを注視するレッドブルのプリンシパル・ストラテジー・エンジニアを務めるハンナ・シュミッツ、2020年8月29日F1ベルギーGP

彼女の功績には暇がない。昨シーズンのフェルスタッペンのタイトル獲得は勿論、降雨によって2度に渡って赤旗が振られた今年のモナコGPでのペレスの優勝、そしてフェルスタッペンの表彰台に関して決定的な役割を果たす事となったピットストップ・プランも彼女の立案だった。

フェルスタッペンは「戦略が功を奏してチェコが優勝したのは今日の最大の収穫」と述べ、レッドブル・レーシングのモータースポーツ・アドバイザーを務めるヘルムート・マルコは「勝利は主にハンナのおかげだ」と賛辞を贈った。

名を知らしめた2019年ブラジルGP

彼女が一躍有名になったのは、フェルスタッペンがキャリア初のポール・トゥ・ウインを飾った2019年のF1ブラジルGPの事だった。

トロロッソ・ホンダのピエール・ガスリーが最終周でのルイス・ハミルトン(メルセデス)との白熱のドラッグレースを1000分の62秒という僅差で制して2位に上がり、ホンダエンジン搭載車両が1991年の日本GP以来となる1-2フィニッシュを飾った事で覚えているファンも多い事だろう。

表彰台に上がったレッドブル・ホンダのマックス・フェルスタッペンとトロロッソ・ホンダのピエール・ガスリー、2019年F1ブラジルGP決勝レースにてCourtesy Of Red Bull Content Pool

表彰台に上がったレッドブル・ホンダのマックス・フェルスタッペンとトロロッソ・ホンダのピエール・ガスリー、2019年F1ブラジルGP決勝レースにて

フェルスタッペンは首位を走りながらも、それに固執することなく、バルテリ・ボッタス(メルセデス)のマシンストップのタイミングで驚きの3回目のピットストップを行った。ハンナ・シュミッツの立案だった。

これによりハミルトンがトップに浮上するも、残り12周のスプリントでフェルスタッペンは、ソフトタイヤの優位性を活かしてこれを抜き去り、見事勝利を収めた。

この功績が認められ、ハンナ・シュミッツはチームに担ぎ上げられ表彰台に上がり、コンストラクターズトロフィーを受け取った。

表彰台でコンストラクタートロフィーを掲げるレッドブルのプリンシパル・ストラテジー・エンジニアを務めるハンナ・シュミッツ、2019年11月17日F1ブラジルGPCourtesy Of Red Bull Content Pool

表彰台でコンストラクタートロフィーを掲げるレッドブルのプリンシパル・ストラテジー・エンジニアを務めるハンナ・シュミッツ、2019年11月17日F1ブラジルGP

この時の出来事についてハンナ・シュミッツは以前「信じられないほど特別な瞬間でした。私のキャリアの頂点でしたね」と振り返っている。

「実は、最初の出産を終えて仕事へ復帰したばかりだったんです。ですので、まだこのチームで良い仕事ができることを証明できたのは私の中で本当に大きな意味がありました。素晴らしい経験でした」