インディ500とは? F1との比較でコースやルール、マシンを徹底解説…衝撃の賞金額と観客動員数も
佐藤琢磨が日本人として、そしてアジア人として初めて優勝を果たしたインディアナポリス500マイルレース、通称インディ500とは一体どのようなレースなのだろうか?世界最高峰の4輪レースとして知られるF1=フォーミュラ1とは何が違うのだろうか?
F1現役最強ドライバーと高く評価されるフェルナンド・アロンソが、伝統のモナコGPを欠場してまで挑んだインディ500のコースやルール、マシンについてF1と比較する形で以下に解説してみたい。
© Indycar、第103回インディ500決勝レースの模様
- 107年の伝統を持つインディ500
- 舞台はオーバル、最高速度は380km/h
- F1とインディカーの主な違い
- ルールと形式
- 死亡事故
- F1日本GPの5倍の観客動員数
- 賞金総額15億円
- シャンパンではなくミルクファイト?
- 日本での視聴方法
- ボルグワーナー・トロフィーとは?
- インディ500の複数回ウィナー
107年の伝統を持つインディ500
© Indycar、1909年当時のインディアナポリス・モーター・スピードウェイ
インディ500はアメリカのインディアナ州で毎年一度行われている自動車レースで、初開催は1911年と、その歴史は1929年に初めて開催されたモナコGPよりも遥かに長く、2023年で107回目の開催を迎える。
インディ500はモナコGPとル・マン24時間レースと並ぶ「世界三大レース」に数えられており、世界で最も伝統と権威ある自動車レースの中の1つとみなされている。一つの場所で開催され続けているレースとしては世界で最も長い歴史を誇る。
毎年、5月末の戦没者追悼記念日に行われるのが恒例で、アロンソの参戦を機に年々ヨーロッパからの注目も高まっている。
レース名 | シリーズ* | 初開催 |
---|---|---|
インディ500 | インディカー・シリーズ | 1911年 |
ル・マン24時間レース | FIA 世界耐久選手権(WEC) | 1923年 |
モナコGP | F1世界選手権 | 1929年 |
*2021年現在組み込まれているシリーズ名
© Indycar、1928年のインディ500のスタート前の様子
現在のインディ500は北米で最も人気のある4輪モータースポーツ「インディカー・シリーズ」の中の1戦として開催されているが、1950年から1960年まではF1世界選手権に組み込まれていた。
舞台はオーバル、最高速度は380km/h
© Getty Images / Red Bull Content Pool
インディ500はインディアナポリス・モーター・スピードウェイ(IMS)のオーバルコースで開催される。オーバルはシンプルな楕円形状のコースで、シケインや複合コーナーがある伝統的なF1サーキットとは全くの別物だ。
1周2.5マイル(4.023km)のコースを200周、つまり500マイル(804.672km)を走行するためインディ500と呼ばれる。
平均速度は予選で約362km/h、決勝で約354km/h、そして最高速度は380km/hにも達する。コース形状が異なるため単純比較はできないが、超高速サーキットと言われるモンツァ(イタリアGP)での予選の平均速度が約240km/hであることを考えると、如何にインディ500がハイスピードであるがよく分かる。
コーナー数は僅か4つ。全てのターンは約9度の傾斜角を持つ。南北に伸びる2本のロングストレートは約1km、東西に伸びる2本のショートストレートは約200mほどで”ショート・シュート”と呼ばれており、コース幅は直線区間が15m強、コーナー部分が約18mで、ピットレーンはメインストレッチに対して平行に設置される。
F1とインディカーの主な違い
F1とインディカーはどちらもシングルシーターの最高峰と見なされているものの、内実は大きく異なる。
思想の違いと競争力
F1はチームの開発競争を重視して伝統にエンジニアリングに重きを置いているが、インディカーは低予算で対等に戦えることを優先している。
F1では各チームが独自に車体を設計・開発・製造しなければならない。そのためチーム毎のマシンパフォーマンスのばらつきが大きく、予算が競争力に直結する傾向がある。対してインディカーは全チームが同じダラーラ製シャシーを使用する。
インディカーがドライバーやチームの腕(セットアップ等)を競うところに焦点を当てているのに対して、F1ではエンジンや車体などの製造者のエンジニアリングの高さを争う実験場のような側面があり、機械的な良し悪しがレース結果を左右する傾向が強い。
© Indycar、2019年のインディカーマシン
シリーズの規模
F1が国際自動車連盟(FIA)管轄の世界選手権であるのに対し、インディ500を擁するインディカー・シリーズはFIAの管轄でも世界選手権でもなく、基本的にはアメリカの国内シリーズという位置づけだ。各レースのテレビ視聴者数の平均はインディカーが500万人程度、F1は9,000万人程度である(2019年現在)。
給油とタイヤ
F1では2010年より給油が禁止されているが、インディカーはそうではない。4つのタイヤ交換と燃料補給で約10秒停止する。タイヤはF1がピレリ、インディカーはブリジストン傘下のファイアストンが単独供給する。
F1では概ね、1個のタイヤを4名で担当し、これに前後のジャッキアップで2名+予備人員1名、コックピットの左右に2名の計21名がピットストップ作業に関わるが、インディカーでは7名でタイヤ交換、給油、ウイングの角度調整、エアロスクリーンに貼られたティアオフの脱着を行わなければならない。
スタート方式
またスタートの方式も異なる。F1ではグリッドに停車して一斉にスタート(スタンディングスタート)するが、インディカーでは隊列を整えた上で走りながらスタートを迎えるローリングスタートが採用されており、インディ500に関しては1列3台の編成で行われる。
ポイント配分
F1でポイントが与えられるのは上位10台のみだが、インディカーでは33台目までポイントが与えられる。
マシンとエンジン
インディカーでは2012年より2.2リッターV6ツインターボエンジンを採用する。供給はホンダとシボレーの2メーカー。シボレーエンジンの実際の開発はイギリスのレースエンジンメーカーであるイルモアが担当している。
V6ツインターボの最高回転数は12,000rpmで、最高出力は700馬力程度。F1が2014年より採用している1.6リッターV6ハイブリッド・ターボエンジンの最高回転数は15,000rpm、最高出力はシステム計約1000馬力と考えられている。
ボディーに関しては、2018年よりユニバーサルエアロキットと呼ばれる共通のパッケージを使用。チーム別なく同じ空力パーツを身にまとう。大雑把に言えば、インディカーはワンメイクに限りなく近いモータースポーツである。
カテゴリ | エンジン仕様 | 最高回転数 | 馬力 |
---|---|---|---|
インディ500 | 2.2リッターV6 ツインターボ |
12,000rpm | 700馬力 |
F1 | 1.6リッターV6 ハイブリッドターボ |
15,000rpm | 1,000馬力 |
ルールと形式
creativeCommonsMike Miley
レース形式も独特でF1とは大きく異る。出走台数を見ても、F1が20台前後で争われるのに対してインディ500は33台で争われる。特に予選は非常に複雑かつ、エントリー台数や年によってマチマチだ。ここでは概略を簡単に紹介する。
7日間もの練習走行
F1の場合、金曜の練習走行、土曜の予選、日曜の決勝と、3日間に渡ってイベントが行われるが、インディ500の場合は2週間以上に渡ってイベントが開催される。以前は1ヶ月近くに渡って行われていたため、これでもかなり短くなった。
時速350kmという超高速にもかかわらず、コースは壁と鉄製フェンスで囲われている。インディ500は1つのミスが大事故に繋がるチャレンジングなレースであり、予選前に5日間、その後決勝までの間に2日間、計7日間にも渡る練習走行(プラクティス)が行われる。
予選前最後のプラクティスが行われる金曜日は「ファスト・フライデー」と呼ばれ、予選に向けてターボチャージャーのブースト圧が増加される。約50馬力に相当する1,000ミリバールの追加使用が認められる事で、各ドライバーはここで初めて予選仕様のエンジン出力で周回する。またレース前の最後のプラクティスが行われる土曜日は「カーブデイ(Carb Day)」と呼ばれる。
プラクティスの初日と2日目には初参戦のルーキードライバーに対する特別なプログラムが行われる。これは出場に値する能力を有しているかどうかの適正審査であり、ルーキー・オリエンテーション・プログラム(ROP)と呼ばれている。
過去に500に出走した事があるドライバーのであっても、オフィシャルの判断によってリフレッシャーテストが課される事がある。これは通常、スポット参戦のドライバーや、最後にハイスピードオーバルの走行して長い年月が経っているドライバーを対象として行われる。
平均速度を競う2日間の予選
F1の場合には「1周の最速タイム」を競うが、インディ500では「4周の平均速度」を争う。ドライバーはアウトラップとウォームアップの各1周に続け、4周を連続走行して速度を計測する。タイムアタック走行は「アテンプト」と呼ばれる。
全車が最初の計測を終えた後は先着順で再アテンプトが行われる。暫定グリッドを放棄して再挑戦する場合は「ライン1」、放棄しないで挑戦する場合は「ライン2」に並んで順番を待つ。両ラインにマシンが並んでいる場合、リスク覚悟のライン1に出走優先権が与えられる。
グリッドは33台であるため、エントリーが34台以上の場合は予選で脚切り=バンプアウトが行われる。予選を勝ち抜かなければ決勝には進めない。予選落ちのマシンが決する予選日は伝統的に「バンプデー(Bump Day)」と呼ばれている。2019年の第103回インディ500では、フェルナンド・アロンソがまさかの予選落ちを喫した。
2014年以降は2日制が採用されている。予選初日のアテンプトでは、全車を”速い組”と”遅い組”の2つのグループに分ける。上位12台は2日目に行われる「トップ12予選」への出場権を手にする。13番手以降のグリッドは初日に決定する。
予選2日目は「ポールデー」と呼ばれる。7~12番グリッドを決める”トップ12予選”の後には、ポールポジションを含む上位2列を決する最終決定戦「ファスト6」が行われる。2021年までポールを争う最終ラウンドは上位9台によって争われる形式で「ファスト9シュートアウト」と呼ばれていた。
© Indycar、ライン1から2度目のアテンプトに向かうマクラーレンのフェルナンド・アロンソ、2019年インディ500予選
チームメイトの後で走行した方がセットアップを含むフィードバックを受ける事ができるという点で複数台体制のチームが有利だ。
なぜグリッドは33台?
1911年の開催初年度は40台がグリッドに付いたものの、その後、コース全長に対して40台は多すぎると判断され、1台あたり400フィート(約122m)を割り当てる計算で、13,200フィート(2.5マイル)/ 400 = 33という事で、グリッドが33台に決定された。
スポッター
インディカーでは「スポッター」と呼ばれるサポート要員が、周囲の状況監視役としてドライバーを支援する。
オーバルでの超高速接近戦においてドライバーが目視で周囲の状況の全てを把握する事は不可能だ。そこでスポッターがコース全体を俯瞰できるスポッタースタンドと呼ばれる場所から、前後左右の状況を無線を通してリアルタイムでドライバーに伝える。
オーバルでのレースではドライバー1名に対してスポッター1名がサポートに入るが、広大なIMSで行われるインディ500の場合はターン1とターン3に各々1人が配される。
死亡事故
7日間にも及ぶ練習走行や、F1で3度の世界チャンピオンに輝いたネルソン・ピケでさえ受ける事を義務付けられた厳しい審査が存在するのは、超高速でのオーバル戦がそれほどまでに危険だという事の現れと言える。
危険と隣り合わせのインディ500は100年を超える歴史の中で、これまでに14名のドライバーが決勝レース中に命を落とし、23名のドライバーがプラクティスや予選で死亡。メカニックやチームメンバー、観客などのドライバー以外の死亡者は21名に上る。
とは言え、関係者の尽力あって安全性は著しく向上している。ポールポジションを獲得したスコット・ブレイトンが、決勝を前したプラクティスで事故死した1996年を最後に死亡事故は起きていない。
F1日本GPの5倍の観客動員数
© Indycar / Jason Porter
観客動員数は決勝日だけで30万人を超える。何しろ常設の観客席だけで25万人分、更に仮設席を含めると40万人を超えるというから驚きだ。
ちなみに東京ドームは収容人数は5万5000人で、決勝の観客数が6万8,000人のF1日本GPと比較すると、5倍以上の集客規模を誇る。
賞金総額15億円
インディ500の賞金は、インディアナポリス・モーター・スピードウェイ賞、インディカー・シリーズ賞、およびその他特別賞などから構成されており、2019年の総額は1,309万545ドル(14億3,315万円)に達した。
2017年の第103回大会で優勝した佐藤琢磨は245万8129ドル、日本円にして約2億7280万円の賞金を手にしており、まさにアメリカン・ドリームと言える。
初めて100万ドルの大台を突破したのはエマーソン・フィッティパルディが優勝した1989年の事で、2008年以降は無観客開催となった2020年を除いて200万ドルオーバーが続いている。
史上最高額はエリオ・カストロネベスが2009年に手にした304万8005ドルとなっている。
シャンパンではなくミルクファイト?
©IMS
F1では表彰台を獲得したドライバーがシャンパンファイトを行う伝統があるが、インディ500の場合は勝者が牛乳を飲むのが慣例となっている。
1933年に2度目のインディ500を制したルイス・メイヤーが、レース終了後に牛乳をリクエストしてその場で飲んだのが始まりと言われており、1936年に3度目の制覇を成し遂げ再びミルクを飲む様子に酪農業界が目を付け、優勝者にミルクを提供するよう申し出たとされる。
そして1956年以降、優勝者はレース後のセレモニーでミルクを飲むと、インディアナ酪農協会から1万ドルのボーナスを受け取ることができるようになったというわけだ。
日本での視聴方法
2023年のインディ500はインディカー・シリーズ全戦を中継するGAORA SPORTSで生放送される。「スカパー!」の他、Hulu ライブTVでもストリーミング配信される。
ボルグワーナー・トロフィーとは?
インディ500の優勝トロフィーは、米国自動車部品メーカーのボルグワーナーがスポンサーを務めており「ボルグ・ワーナー・トロフィー」と呼ばれている。
トロフィーには1936年以降の全てのウィナーの顔が彫刻され、名前と優勝年、平均速度が彫られている。当初は80人のウィナーを讃えられるよう設計されていが、1986年と2004年に土台部分が追加され、現時点では2034年のウィナーまで配置できるようになっている。
トロフィーの高さは5フィート4.75インチ(164.465cm)、重さは110ポンド(約50kg)で、その価値は300万ドル(約3億3000万円)以上とされている。
トロフィーはIMSのホール・オブ・フェイム・ミュージアムに展示されているため、各々のウィナーはこれを持ち帰る事ができない。そのため1988年以降のレース勝者には、14インチ(35.56cm)のミニ型「ベビー・ボーグ」が贈られている。
インディ500の複数回ウィナー
回数 | ドライバー | 優勝年 |
---|---|---|
4回 | リック・メアーズ | 1979年、1984年、1988年、1991年 |
アル・アンサー | 1970年、1971年、1978年、1987年 | |
アル・アンサー | 1970年、1971年、1978年、1987年 | |
A.J.フォイト | 1961年、1964年、1967年、1977年 | |
エリオ・カストロネベス | 2001年、2002年、2009年、2021年 | |
3回 | ダリオ・フランキッティ | 2007年、2010年、2012年 |
ボビー・アンサー | 1968年、1975年、1981 | |
ジョニー・ラザフォード | 1974年、1976年、1980年 | |
マウリ・ローズ | 1941年、1947年、1948年 | |
ウィルバー・ショー | 1937年、1939年、1940年 | |
ルイス・メイヤー | 1928年、1933年、1936年 | |
2回 | トミー・ミルトン | 1921年、1923年 |
ビル・ブコビッチ | 1953年、1954年 | |
ロジャー・ウォード | 1959年、1962年 | |
ゴードン・ジョンコック | 1973年、1982年 | |
エマーソン・フィッティパルディ | 1989年、1993年 | |
アル・アンサーJr. | 1992年、1994年 | |
アリー・ルイエンダイクJr. | 1990年、1997年 | |
ダン・ウェルドン | 2005年、2011年 | |
ファン・パブロ・モントーヤ | 2000年、2015年 | |
佐藤琢磨 | 2017年、2020年 |