
角田裕毅の苦闘、VCARBが助長? レッドブルに内在する“育成の罠”―経験者が語る興味深い仮説
レッドブルのセカンドドライバー枠における「失敗の連鎖」に対し、新たな視点が投げかけられている。それは、姉妹チームが提供するマシン特性そのものが、昇格後の失敗を助長しているのではないかという仮説だ。
今週末、角田裕毅はF1キャリア通算100戦目という節目を迎える。これは、F1界のレジェンドであるジャッキー・スチュワート卿の出走数を上回る偉業にあたる。だが、レッドブル昇格から7戦が経過した現在もなお、角田はRB21から競争力あるラップタイムを引き出せずにいる。
2戦で降格となったリアム・ローソンの後任として選ばれた角田だが、この苦境は単にドライバー個人に起因するものではない。そこには、レッドブルに長年根付く構造的な問題が横たわっている。
Courtesy Of Red Bull Content Pool
ジル・ビルヌーブ・サーキットを走行する角田裕毅のRB21(レッドブル・レーシング)、2025年6月13日(金) F1カナダGPフリー走行1
2019年以降、繰り返される失敗のパターン
この問題は、2019年シーズンに先立ってダニエル・リカルドがルノーへ移籍して以降、顕著になった。リカルドは、時に接触すら辞さない接近戦を繰り広げるほど、マックス・フェルスタッペンと互角に戦える数少ない存在だった。
だが、そのリカルド以降、4シーズンを戦い抜いたセルジオ・ペレスを除けば、レッドブルのセカンドシートに座った全てのドライバーが適応に失敗してきた。しかもその全員が、レッドブルの育成プログラム出身者だった。
そして今、その「失敗の連鎖」を実際に経験したひとりであるアレックス・アルボン(ウィリアムズ)が、昇格をめぐる根本的な課題について、興味深い仮説を提示した。
アルボンが明かすレッドブルの「ナイフエッジ」
アルボンは2019年のベルギーGP前に、当時のトロ・ロッソ(現レーシング・ブルズ)からピエール・ガスリーの後任としてレッドブルに昇格した。2度の表彰台を獲得したものの、2020年末にシートを失った経験を持つ。
英専門メディア『Motorsportweek』によると、アルボンはカナダGPを前に、レッドブルのマシンについて「ナイフの刃の上にあるような極めて不安定なマシンだと思う」と語った。
「当時はあのクルマに苦労したけど、今の経験値があれば、なんとか対処できると思う。とはいえ、ほとんどのドライバーにとっては自然に馴染めるものじゃない。それが、今起きていることなんだと思う」
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ホンダF1の山本雅史マネージング・ディレクターと話をするレッドブル・ホンダのアレックス・アルボン、2019年F1アブダビGPにて
「最も寛容」から「最もトリッキー」への激変
アルボンによれば、レーシング・ブルズのマシン(VCARB)は「育成ドライバー」を念頭に置いて設計されており、バランスに優れ、安定した挙動を備えているという。結果として、ドライバーは自信を持って走ることができる。
一方で、レッドブルのマシンはこれとは真逆の特性を持ち、極めてピーキーで扱いづらいという。両者のマシン特性の乖離は大きく、適応には時間を要する。だが現実には、レッドブルがドライバーに十分な猶予を与えることは少ないというのが実情だ。
「僕の個人的な見解かもしれないけど、RBのクルマが“かなり寛容”だからこそ、レッドブルのマシンに適応するのが難しいんだと思う。RBのマシンはバランスが取れていて安定している。自信を持って走れるんだ」とアルボンは語る。
「それは、常にルーキードライバーが乗るクルマだからなんだと思う。若手ドライバーの育成が基盤にあるチームだから、そのクルマ作りも、自然とそういう方向に寄っていく」
「それに対して、レッドブルのマシンは真逆なんだ。最も扱いやすいクルマから、最も扱いにくいクルマに乗り換えるわけで、まったく違うクルマに適応しなきゃならない」
アルボンはこれまでも両チームのマシン特性の違いについて言及してきたが、それを明確に「育成システム」と結び付けて語った点に、新たな視座としての意義がある。
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パドックでホッケーゲームを楽しむアレックス・アルボン(ウィリアムズ)、2025年6月12日(木) F1カナダGP(ジル・ビルヌーブ・サーキット)
唯一の道「実戦あるのみ」
現行のグラウンドエフェクトカーは、車高を極限まで低く保つ必要があるため、サスペンションは非常に硬く、寛容性に欠ける傾向がある。特にコーナリング中のバランスに関しては、アンダーステアからオーバーステアへと急激に切り替わる特性があるため、ドライバーには高度な繊細さと適応力が求められる。
角田はレッドブルの本拠地であるミルトン・キーンズにて、シミュレーター作業に多くの時間を費やしているが、本人が語るように、実車はシミュレーター以上に予測困難であり、その感覚の違いは小さくない。加えて、現在のF1では現行マシンによるテスト走行が事実上禁止されており、実戦以外での学習機会は極めて限られている。
角田にとって唯一の解決策は、RB21での限られた走行機会を最大限に活かし、実戦を通して答えを見出すことだろう。だが、それを実現できるかどうかは、レッドブルが彼にどれだけの猶予と信頼を与えるかに懸かっている。
Courtesy Of Red Bull Content Pool
パドック入りする角田裕毅(レッドブル・レーシング)、2025年6月13日(金) F1カナダGPフリー走行1(ジル・ビルヌーブ・サーキット)