
角田裕毅、プロの流儀と”3日前スイッチ”―惨敗を経てなお「失望」せず…節目のカナダで記録更新なるか
予選最下位という屈辱的な結果に終わった2025年F1第9戦スペインGP。だが、角田裕毅(レッドブル)は決して立ち止まらない。6月3日と4日の2日間、カタロニア・サーキットで集中的なテストプログラムを敢行し、自らを「リセット」するための貴重な時間を手に入れた。
「バルセロナは厳しい週末になりましたが、忘れるべき週末だと思っています。もうリセットしていますし、あまり深くは考えていません」
第10戦カナダGPを前に角田はそう語り、プロドライバーとしての強靭なメンタリティをのぞかせた。
2日間の”リセット”作業─新旧比較で見えた光明
6月3日(火)、角田はレッドブルの2023年型マシン「RB19」を使用した非公開のTPC(旧車テスト)に取り組んだ。現行の「RB21」とは仕様が異なるものの、TPCでは自由にセットアップ作業を行い、マシンの挙動を詳細に検証することができる。
RB21に対する疑念と不信感が高まっていた角田にとって、このタイミングでのTPCは絶妙だった。「RB19とRB21の比較ができたのも良かったですし、同じサーキットで走ると違いがよく分かります」と角田は振り返る。
翌4日(水)には、ピレリ主催の2026年仕様スリックタイヤテストに臨んだ。角田は2026年型マシンを想定して改造されたミュールカーで合計150周を走行し、1分16秒839のベストタイムを記録した。
「6種類のタイヤを試せたので、フィードバックを出しつつ、自分自身も学べる良いテストになりました」
Courtesy Of Red Bull Content Pool
ガレージ内でシート合わせを行う角田裕毅(レッドブル・レーシング)、2025年6月12日(木) F1カナダGP(ジル・ビルヌーブ・サーキット)
節目の100戦目、狙うは「P4超え」
2021年にスクーデリア・アルファタウリからF1デビューを果たした角田は、今週末のカナダGPで、日本人初の3桁到達となるF1キャリア通算100戦目を迎える。この節目を記念して、左右でデザインが異なるスペシャルヘルメットを用意した。
これまでの戦績を振り返ると、予選最高位3位(2024年ブラジルGP)、決勝最高位4位(2021年アブダビGP)、ファステストラップ1回、通算ポイント101点。特にアブダビGPでの4位は、フェルスタッペンとルイス・ハミルトンによる伝説的なタイトル決戦の陰で達成された、まさに“静かな快挙”だった。
「あのレースは特別でした。でも、あのレースは終盤のトップ争いに注目が集まりすぎていたので、僕のことを知ってる人はあまりいないかもしれませんね」
そう冗談めかしつつも、角田の口調には確かな決意がにじむ。
「また新しいレコードを出さなきゃと思ってます。『これが僕の新しいベストリザルトだ』って言えるように。ずっと『P4が最高成績』と言い続けているので、そろそろ更新しなきゃと思ってます」
ちなみに、これまでの実出走は96戦であり、DNS(出走せず)が3回あるため、今週末のジル・ビルヌーブ・サーキットでの決勝が通算100戦目となる。前戦スペインGPでは、片山右京の持つ日本人最多出走記録(95戦)を更新し、すでに単独最多記録保持者となっている。
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バルテリ・ボッタス(メルセデス)を抑えてレースを戦う角田裕毅(アルファタウリ・ホンダ)、2021年12月12日F1アブダビGP決勝レースにて
苦境の中でも揺るがぬメンタル、沈黙が語る成長
角田は今年、積年の夢であったレッドブル昇格を果たした。だが、4度の世界王者マックス・フェルスタッペンでさえ手を焼く2025年型「RB21」に苦戦し、移籍後の7戦で獲得したポイントはわずか7点。特に前戦スペインGPでは予選最下位となり、決勝もピットレーンスタートからの14位完走にとどまった。
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ハースVF-25フェラーリを駆るエステバン・オコンの前を走行する角田裕毅(レッドブル・レーシングRB21)、2025年6月1日(日) F1スペインGP決勝(カタロニア・サーキット)
それでも角田は、かつてのように無線で怒声を上げることもなく、冷静さを保ち続けている。外部の雑音に左右されることなく、自身のタスクに黙々と向き合う姿勢は、F1での4年間を通じて培われた精神的な強さと、成熟したマインドを強く感じさせる。
「正直、必ずしも『がっかりしている』とまでは思っていないんです。自分の状況は理解しているつもりですし、常にベストを尽くすことが僕にとって何より大切なことだと思っているので」と角田は語る。
「たとえば、ケガをしていたり、精神的に疲れていたりすると100%の状態で走れなくて、『うまくいかなかった言い訳』を探してしまうものです。でも今のところ、レッドブル・レーシングから参加した全てのレースでは、難しい状況ながらも常に良い状態で臨めていると感じています」
3日前スイッチ―プロの流儀
スペインでの屈辱的な結果について、角田はクールに振り返る。
「確かにバルセロナは本当に厳しい週末でした。ただ、そういう状況にあっても、当時置かれていた環境の中で、100%を出し切ったと言えるレースはできたと思っています。だからこそ、あのレースはもう“忘れていいレース”なんです」
過去を引きずらず、未来を見据える。これもまた、F1という極限の競技において生き残るために身につけた習慣の一つといえる。そして、その象徴とも言えるのが“3日前スイッチ”だ。
「過去のレースをいつまでも引きずっているわけにはいきません。あるタイミングで前を向いて、次のレースに集中し、『どうやって改善するか』を考えるべきなんです」
「僕の場合、自ずとそうなっていて、だいたい次のレースの3日前くらいから気持ちが切り替わる感じですね」
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チームメイトのマックス・フェルスタッペンの隣に座る角田裕毅(レッドブル・レーシング)、2025年6月12日(木) F1カナダGPプレビュー(ジル・ビルヌーブ・サーキット)
カナダで試される真価─記録更新なるか
記念すべき100戦目を迎えるカナダGPは角田にとって、新たなスタートラインでもある。2日間のテストで得た手応えと、4年間で育んできた精神的な強さを武器に、どのような走りを見せるのか。
「そろそろP4を更新したい」
その言葉は、果たして現実となるのか。そして、その瞬間はいつ訪れるのか。変わりやすく予測の難しい天候を背景に、幾度となく波乱の舞台となってきたジル・ビルヌーブ・サーキット。記念すべき節目のレースで、角田が新たな歴史を刻む姿に期待がかかる。
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自転車でジル・ビルヌーブ・サーキットを走行する角田裕毅(レッドブル・レーシング)、2025年6月12日(木) F1カナダGPプレビュー(ジル・ビルヌーブ・サーキット)