アルファタウリ・ホンダのダニール・クビアトのレーシングシューズ
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コロナと共に忍び寄る破滅の足音、生き残りの道を模索するF1

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新型コロナウイルス感染症(COVID-19)は人だけでなく経済をも陥れる。3月19日現在、ウイルスに感染した人の数は全世界で延べ22万877人に及び、亡くなった方の数は8,988人に達した。ニューヨーク株式市場は過去最大の下落幅を更新し、世界各国は株安の連鎖に見舞われ、コロナ不況による企業倒産と廃業の急増は免れない情勢だ。

特に宿泊や運輸、旅行業を含むホスピタリティ業界への影響は深刻で、F1の商業権を持つリバティ・メディアや参戦チームも例外ではない。

今はまだ顕在化していない収入減

オーストラリア、バーレーン、ベトナム、中国の4戦で得られるはずであった開催権料は計1億5,000万ドル、日本円にして約163億7,733万円に上るものと推測される。失ったのは開催権料だけではない。レースを開催できなければ放映権料は割引となり、パドッククラブやトラックサイド広告のマネーも落ちてはこない。

F1では、総収入の7割弱がチャンピオンシップの賞金という形でチーム側へと流れ落ちる仕組みとなっており、前年のコンストラクターズランキングに応じた賞金額がグランプリ開催期間(3月から12月)の各月末に分割で支払われる。つまり開幕4戦を失ったにも関わらず、今月を入れてこの後10ヶ月間は、毎月末に銀行口座にまとまった金が振り込まれる事になる。

コロナウイルスによる経済的な影響は、チームの存続を脅かす課題として今はまだ顕在化していないものの、それは上記のカラクリ故だ。舵取りを誤れば財務的に余裕がないチームが破産に直面にする可能性は否定できず、大規模資本をバックに参戦する自動車系メーカーが撤退を選択しても驚きはない。

F1のロゴが入った放送用のカメラとカメラマン

サーキットの運営会社が破産する可能性もある。コンテンツを失った放映会社やメディアが経営危機に見舞われる事もあるだろう。他の多くの業界同様に、F1コミュニティもまた危機的な状況に置かれている。

“前後送り”を使った2本柱の対応策

F1のチェイス・ケアリーCEOが認める通り、2020年シーズンのF1世界選手権は現時点で開幕の目星すら立っていない。開幕4戦に続いてモナコとオランダの中止あるいは延期が発表されるのは時間の問題とみられており、F1は参戦10チームと共に生き残りの道を模索している。柱となるのは収入増とコスト削減の2つだ。

シャットダウンの前倒し

収入を増やすためには出来る限り多くのレースを確保する必要がある。F1とチームは、ファクトリーのシャットダウン期間を定めたサマーブレイクを春に前倒しすることで8月に空白期間を作り出し、この4週間に2Dayイベントでのトリプルヘッダーをねじ込もうと画策している。

伊モデナ県マラネッロにあるフェラーリのファクトリー
© Ferrari S.p.A. / 伊モデナ県マラネッロにあるフェラーリのファクトリー

チームの多くはオーストラリアから各国に帰国後、予防措置として2週間の自己隔離状態に置かれている。またフェラーリに関してはウイルスの影響で既にファクトリーの閉鎖を強いられているため、3月から4月末までの期間でこの義務を消化する事は理に適っている。

この案は承認され、ハースとフェラーリは早速、本日19日よりシャットダウンの消化を開始した。シャットダウン期間は従来より7日間長い計21日間へと拡大されているため、おかしな話ではあるものの追加の経済的利益を得る事ができる。

  • ハース…3月19日~
  • フェラーリ…3月19日~
  • アルファロメオ…3月23日~
  • レッドブル…3月27日~

開発コストの後倒し

目先の収入増に寄与しない支出を減らす事も欠かせない。F1とチームは現在、規約が根本から一新される2021年のレギュレーションを1年後倒しにすることで、新世代F1マシンの開発コストをウイルスの収束が期待される将来へと先送りしようとしている。

2021年以降のF1マシンのレンダリングCG
© Formula One World Championship Limited / 2021年以降のF1マシンのレンダリングCG

F1の最高経営責任者を務めるチェイス・ケアリーとチーム代表との電話会談が19日(木)に行われ、多少意見のぶつかり合いはあったようだが、シャシー、ギアボックス、サスペンション等の主要なメカニカルコンポーネントの開発の凍結が合意された。

現在更なる凍結領域の検討が行われており、最終的には世界モータースポーツ評議会(WMSC)にて批准される事で実行に移される。エアロダイナミクスに関しては開発が許可される見通しだが、それでもなお、より多くのコストを削減する事が出来る上に、新時代の幕開けを一年後ろ倒しとすることで新車開発のための準備期間を確保する事ができる。

これは参戦チームだけでなく、ホンダやピレリといったサプライヤーにとっても歓迎すべきプランを言えよう。

予算上限策にとっては追い風か

コロナウイルスの影響は全方位・全面的にネガティブだが、財務という観点からチーム間パフォーマンスの平準化を目指すバジェットキャップ=コスト削減施策にとっては追い風となるかもしれない。

F1とその統括団体である国際自動車連盟(FIA)は、参戦チームがより少ないコストで競争可能なシリーズの確立を目指しており、2021年には共通パーツの導入と合わせて年間1億7,500万ドル(約190億1,760万円)の予算上限が導入される計画となっている。

2019年F1ドイツGPの表彰台に上がったマックス・フェルスタッペン、ダニール・クビアト、セバスチャン・ベッテルの3名

新しいテクニカルレギュレーションに関しては先に述べた通り開始時期が1年延期される見通しだが、バジェットキャップ=予算上限策の方はスケジュール通り2021年から実施されるものとみられる。今回の危機をきっかけとして上限値が更に引き下げられる事は十分にイメージできる。

そもそもプライベーター達は現行案ですら上限が高すぎるとして反対の立場を取っていた。F1プロジェクトに莫大な予算を投じるメルセデス、フェラーリ、レッドブルの3チームとて、心変わりの可能性は十分に考えうる。

自動車メーカーや大手飲料メーカーの看板を背負って参戦するこれらのチームは、製造休止や減産を強いられ売上が大きく低迷するであろう親会社の役員会において、参戦継続のメリットを改めて説明するだけでなく、経営陣から更なるコスト削減を迫られる事になるだろう。


F1のスポーティング・ディレクターを務めるロス・ブラウンの「最低でも17戦」発言をヒントにすれば、F1としては先の2本柱からなる対策を実施した上で、年間17戦を開催できれば何とかコミュニティを維持できると踏んでいる事が伺えるが、今年がもしノーレースに終わった場合はどうだろうか。

当然ながら、その状況を想定したシナリオも描かれていると考えられ、そのための対応策も検討の俎上に載っている事だろう。決して見たくはない絵図だが。