ピエール・ガスリー(アルピーヌ)をリードするオリバー・ベアマン(ハース)、2025年7月27日(日) F1ベルギーGP決勝レース(スパ・フランコルシャン)
Courtesy Of Pirelli & C. S.p.A.

セットアップ判断で泣いたのは誰? ―“盾”を選んだ者、“剣”に懸けた者…読みが明暗を分けた雨のベルギーGP

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2025年のF1第13戦ベルギーGPでは、天候予測に基づく空力セットアップが、各車の明暗を大きく分けた。予選の段階で、すでに結果の大勢は決していたとも言える。レースはおよそ80分の遅延を経てスタートし、その後の序盤7周はウェット、以降はドライコンディションという展開となった。

運命を決めた土曜日の選択

初日と2日目はドライコンディションでのセッションとなったが、予選前の段階で決勝日の日曜が不安定な天候になることは、広く予想されていた。これを受けて各チームは、週末を通した自らの状況と気象予測に基づき、予選に向けてダウンフォースレベルを決定した。

スパ・フランコルシャンは、オーバーテイクポイントが多い高速の第1・3セクターと、低中速コーナーが並ぶ第2セクターとの間で、バランスを取ることが求められる。週末を通して収集したドライ路面でのデータと、日曜の不安定な予報の狭間で、エンジニアたちは苦渋の選択を迫られた。

予選でガレージから出た瞬間、クルマはパルクフェルメ下に置かれ、セットアップは「凍結」される。以降、変更は許されない。つまり、チームは限られた情報と予測に基づき、判断を下さなければならなかった。

低ダウンフォース派は直線スピードという「剣」を手に入れる代わりに、ウェット路面でのグリップという「盾」を捨てた。逆に高ダウンフォース派は、その「盾」を選んだが、結果的にレースの3分の2以上がドライになったことで、その選択は裏目に出た。

レッドブルの誤算、不動のマクラーレン

象徴的だったのは、レッドブルの戦略転換だった。

スプリントでは低ダウンフォースで勝利を収めながら、決勝では一転して高ダウンフォースを選択。この「安全策」が、皮肉にも足かせとなった。予想とは裏腹にウェット路面はわずか7周ほどで終了した。トップスピードを欠いたレッドブルにオーバーテイクのチャンスはなかった。

対照的に、マクラーレンは大幅な変更を避け、ガーニーフラップの追加という微調整のみにとどめた。この判断の背景には、MCL39の汎用性、どんなコンディションでも戦える性能があるという絶対的な信頼があった。

シャルル・ルクレール(フェラーリ)を追うマックス・フェルスタッペン(レッドブル)、2025年7月27日(日) F1ベルギーGP決勝レース(スパ・フランコルシャン)Courtesy Of Red Bull Content Pool

シャルル・ルクレール(フェラーリ)を追うマックス・フェルスタッペン(レッドブル)、2025年7月27日(日) F1ベルギーGP決勝レース(スパ・フランコルシャン)

レーシング・ブルズ、ザウバー、アストンマーチンも、迎角の大きなリアウイングを採用し、ダウンフォース重視のセットアップを選んだ。パワーユニットに劣るアルピーヌは、トップスピード不足を補うため、低ダウンフォースに賭けざるを得なかった。

「スプリット戦略」という保険

メルセデス、フェラーリ、ウィリアムズ、ハースの4チームは、2台のマシンに異なるダウンフォース設定を施す「スプリット戦略」を採用した。その中でも象徴的だったのがフェラーリだ。

Q1で敗退したルイス・ハミルトンに対し、チームはパルクフェルメ規定違反によるペナルティを承知の上で、決勝直前に高ダウンフォース仕様へとセットアップを変更し、不安定な天候に備える判断を下した。

ジョージ・ラッセル、エステバン・オコン、アレックス・アルボンは低ダウンフォース仕様でトップスピードを重視し、アンドレア・キミ・アントネッリ、オリバー・ベアマン、カルロス・サインツはレース全体を通してウェットが続くことに賭け、高ダウンフォースを取った。

低ダウンフォース仕様のリアウイングが搭載されたアレックス・アルボンのウィリアムズFW47(左)と、高ダウンフォース仕様のカルロス・サインツのマシン(右)―ウイングの角度が全く異なることが一目瞭然だ、2025年7月27日(日) F1ベルギーGP決勝レース(スパ・フランコルシャン)Courtesy Of Williams

低ダウンフォース仕様のリアウイングが搭載されたアレックス・アルボンのウィリアムズFW47(左)と、高ダウンフォース仕様のカルロス・サインツのマシン(右)―ウイングの角度が全く異なることが一目瞭然だ、2025年7月27日(日) F1ベルギーGP決勝レース(スパ・フランコルシャン)

7周の天国、39周の地獄

路面のグリップが低い序盤のウェット路面では、空力的に車体を路面に押し付ける力がより大きい高ダウンフォース組が優位に立った。ハミルトンは最初の4周で一気に5台を抜き去り、サインツ、アントネッリ、アロンソ、ベアマンも順位を上げた。

だが、スリックに履き替えたドライ路面の第2スティントでは状況が一変する。高ダウンフォース勢はストレートでの加速に苦しみ、せっかく得たポジションを次々と失っていった。アロンソに至っては、残り30周近くを通して順位を落とし続ける苦行を強いられた。

ただし例外もあった。ベアマンは高ダウンフォース仕様ながらオーバーテイクを重ねて4台を抜き去り、最終的に11位でフィニッシュした。さらに、パワーユニットに問題を抱えながらの走行だったことが後に明らかとなり、VF-25の競争力が際立つ形となった。

低ダウンフォースのリアウイングを使うエステバン・オコンと、高ダウンフォース仕様のリアウイングを搭載するエステバン・オコン(共にハース)、2025年7月27日(日) F1ベルギーGP決勝レース(スパ・フランコルシャン)Courtesy Of Haas

低ダウンフォースのリアウイングを使うエステバン・オコンと、高ダウンフォース仕様のリアウイングを搭載するエステバン・オコン(共にハース)、2025年7月27日(日) F1ベルギーGP決勝レース(スパ・フランコルシャン)

ピットタイミングという第二の勝負

空力セットアップと並ぶもう一つの勝負所が、インターミディエイトからスリックへの交換タイミングだった。

11周目に動いたハミルトン、ガスリー、ヒュルケンベルグ、アロンソはいずれもポジションアップに成功。特にハミルトンは、このタイミングの妙が上位入賞へと繋がった。

対照的に、13周目まで引っ張ったノリスは5秒以上を失い、角田裕毅はピットからの指示が遅れたことで7番手から12番手へと後退。オコンに至っては、11番手から最下位まで転落した。わずか2周の差が明暗を分けた。

角田にとっては特に苦いレースとなった。第2スティントでは29周にわたりガスリーの背後に張り付き続けたが、直線スピード不足に加え、相手が極端な低ダウンフォース仕様だったことも重なり、ついに追い抜くことはできなかった。

ペラッペラのリアウイングを搭載したアルピーヌA525をドライブするピエール・ガスリー、2025年7月27日(日) F1ベルギーGP決勝レース(スパ・フランコルシャン)Courtesy Of Pirelli & C. S.p.A.

ペラッペラのリアウイングを搭載したアルピーヌA525をドライブするピエール・ガスリー、2025年7月27日(日) F1ベルギーGP決勝レース(スパ・フランコルシャン)

最終的には、残り2周でベアマンとヒュルケンベルグに相次いで交わされ、13位でフィニッシュ。7戦連続(スプリント含む)無得点という結果に終わった。レース後の表情には明らかに苛立ちが浮かんでいた。

「読み」と決断力が問われるレース

2025年のベルギーGPは、セットアップの選択とピット戦略、そして運が複雑に絡み合った、スパ・フランコルシャンらしい一戦だった。天候予報という不確かな情報を前に、限られた時間で下された判断が、ドライバーたちの運命を左右した。

F1は、単なる速さを競うだけのスポーツではない。時として、“読み”こそが勝敗を左右する決定的な要素となる。それを改めて実感させる週末だった。

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