モハメド・ベン・スレイエムFIA会長とF1のステファノ・ドメニカリCEO、2022年FIA-F1世界選手権第14戦ベルギーGPにて
Courtesy Of Alfa Romeo Racing

F1とFIAの権力闘争、もはや全面戦争の様相…行き着く先は分離シリーズそれとも

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国際自動車連盟(FIA)とF1による権力争いはもはや全面戦争の様相を呈している。商業権保持者のリバティ・メディアとシリーズの統括団体はメディアを介して剣を突き立て続けている。終着点は見えない。

F1とF1チームはモハメド・ベン・スレイエムがFIA会長に就任して以降、ペナルティ裁定やレースの運営方法、スプリントの開催数などを巡って頻繁にFIAと対立してきた。そして2023年を迎えると時価総額が増大するF1の価値を巡って緊張が一気に高まった。

ベン・スレイエムはF1側に直接、事実か否かを確かめた上で懸念を伝えるのではなくSNSという公の場を使い、200億ドルと報じられたサウジアラビアの公的投資基金「PIF」によるF1の評価額は不適当に高いと広く訴えた。

これに対してF1とリバティは、商業権に対する「干渉」であり証券取引法に抵触し得るものであるとして、最高法務責任者を通してFIAに猛抗議の書簡を送りつけた

F1の商業権はマックス・モズレーがFIA会長を務めていた際に100年契約でFIAがF1側に貸与したもので、その権利は現在、リバティが所有している。

この書簡はその内容からしてベン・スレイエムやFIA評議員会に宛てられるべきものだが、どういうわけかルール策定機関である世界モータースポーツ評議会(WMSC)やF1チーム、ドライバーにも送られたとされる。

そしてその中身は瞬時に欧州の報道機関とパドックの住人達に回覧される事となった。F1側がリークを狙ったと見るのが妥当だろう。

法的書簡騒動を経てなお、ベン・スレイエムはF1との対決姿勢を緩めようとはしておらず、今度は新規参戦チームの数を巡ってF1の主張を否定するような発言を口にした。

F1グリッドの拡大を支持するベン・スレイエムは英「Autosport」に対し、現時点でFIAにエントリーの意向を表明しているのはアンドレッティのみだと語り、キャデラックを傘下に持つ”ビッグ3”の一角、ゼネラル・モーターズ(GM)の新規参戦を拒否するのは如何なものかとF1を牽制した。

ベン・スレイエムは自身の立場について「金儲けのためではなく、モータースポーツを維持していくために選ばれた」とした上で、「我々は大規模マニュファクチャラーにNoと言えるのだろうか?」と語った。

「私にはメーカーを拒絶することはできない。私がそうする姿を想像してみてほしい。それは間違っている」

F1が現在、3つという異例の数のグランプリレースを開催している米国を拠点とするアンドレッティ・キャデラック・レーシングは今月、新チーム承認のための「関心表明プロセス」へのエントリーを公言した。

この際F1はベン・スレイエムの主張とは対照的に、アンドレッティ以外にも”多数の知られざる候補者”がいるとして冷ややかな態度を取った。アルピーヌとマクラーレンを除く既存チームの大部分は新チームの参戦による分配金の減少を懸念しており、グリッドの拡大に否定的な立場を貫いている。

貸与された商業権の扱い、新チームの認証を巡るこれらの摩擦はまさに権力闘争と呼ぶに相応しい。そしてその背景にあるのはF1市場の成長であり分配金だ。

放映権販売やレース開催権料、広告契約によるF1の収益は、アメリカ市場の活況もあり近年急激に増加している。

収束の兆しも着地点も見えないこの争いはどのような結末を迎えるのだろうか? 評価額を巡るベン・スレイエムの投稿は最終的に裁判沙汰にまで発展するのだろうか? 埋まらない溝に見切りをつけ、F1はFIAと異なる道を歩むのだろうか?

この調子が続けば分離シリーズの憶測が出るのは時間の問題かもしれない。古くは1980年代に、そして最近では2009年にバジェットキャップの導入を巡ってFOTA(F1チーム組織)が新シリーズの立ち上げを宣言し、分離騒動を引き起こしている。

ただこうした対立を背景に、深まる軋轢舞台の主役の一人、ベン・スレイエムに関しては任期満了まで現職を勤め上げられるかどうかについて一部で疑問の声も上がっており、別の話題でも紙面を賑わせている。

評価額騒動を経て、バーレーン人権民主主義協会(BIRD)はFIAに対し、昨年末に制定されたF1ドライバー検閲ルールは「言論の自由を抑圧し、人権や人種差別を含む重要な問題について声を上げることを妨げる」として撤回を訴えた

この行動により、中東でのF1開催におけるスポーツウォッシングに関して、昨年3月にFIA宛に送られた一通の書簡の存在が浮かび上がった。

これは90人の政治家の連名によるもので、1年が経とうとする中、未だにベン・スレイエムからの返答がないとして、今度はF1の母国とも言うべきイギリス貴族院のポール・スクリブン議員が「我々の深刻な懸念に関して答えないのは極めて無礼でプロ意識に欠ける」とベン・スレイエムを批判したのだ。

英国内の報道によると議員は「国会議員を無視できるとでも思っているのか?人権やFIAの方針について提起された懸念は、精査の対象外だとでも思っているのだろうか?」と付け加えた。

対立の先鋒にいるのはベン・スレイエムであり、組織としてのFIAがどういった方針で一致、または一致していないのかは分からない。仮にベン・スレイエムが職を追われる事になった場合、F1とFIAとの間の溝は埋まるのだろうか?

評価額を巡る問題については舞台裏で処理される可能性もあり、ことの進みは表立って見えてこないかもしれないが、新規参戦チームに関しては別だ。まずは近々予定されている関心表明プロセスの詳細と、それに続くであろう正式にエントリーした組織の発表が注目される。