F1スプリント / シュートアウト
F1スプリント(英:F1 Sprint)とは、グランプリ週末の2日目午前に開催される100kmの短距離レースを指す。日曜の本戦の3分の1程度のポイントが与えられる。F1スプリントのグリッドを決するセッションはスプリント・シュートアウトと呼ばれる。2021年の第10戦イギリスGPでF1史上初めて導入された。
以下、スプリントおよびスプリント・シュートアウトに関するルールを紹介する。
- 100kmの短距離戦
- ポイント配分
- 週末のフォーマット
- 赤旗とリタイヤの扱い
- スプリント・シュートアウトの仕組み
- タイヤに関するルール
- パルクフェルメ制限
- ペナルティの扱い
- ドライバー変更
- 予算上限への影響
- 燃料制限
- スプリント開催地
- 導入の経緯とフォーマット変更の歴史
100kmの短距離戦
従来の予選を置き換える位置付けとして始まった経緯もあり、1時間という従来の時間枠に収めるため、距離は「100kmを超える最も少ない周回数」と定められており、通常のレースの3分の1の長さで行われる。
ただし1時間を経過してなおレースが終了しない場合は、1時間経過時点の次のラップで先頭車両がコントロール・ラインを通過した時点でチェッカーフラッグが振られる。
ポイント配分
レース上位8名にはチャンピオンシップポイント(1位:8点、2位:7点、3位:6点、4位:5点、5位:4点、6位:3点、7位:2点、8位:1点)が与えられる。導入初年度は上位3名に3-2-1のポイントが付与されたが、2022年に改定された。
なおラップリーダーが規定レース距離の50%以上を消化しない限り、ポイントは与えられない。
初導入前にF1は、3台以上にポイントを付与する方向で議論を進めていたものの、スプリントの価値が上がり過ぎると相対的に決勝の価値が下がるという事で、最終的に上位3名に落ち着いた経緯がある。
また、2021年当初はスプリント予選の勝者にポールポジション記録が与えられていたが、2022年は従来どおり、予選の最速タイム記録者にポールシッターの栄誉が与えられる事となった。なお決勝とは異なりスプリントの上位3名に”表彰台記録”が与えられる事はない。
セバスチャン・ベッテルとニコ・ロズベルグは2021年のスプリント予選実施を経て、予選最速者ではなくスプリント予選勝者にポールポジションを与えるのは筋違いだと批判した。
週末のフォーマット
スプリントが採用される各週末のフォーマットは、FP2とFP3が廃止されるなど、以下の様に大幅に改定される。
日 | 時間 | セッション |
---|---|---|
金曜 | 午前 | フリー走行1 |
午後 | シュートアウト | |
土曜 | 午前 | スプリント |
午後 | 予選 | |
日曜 | 午後 | 決勝レース |
なお決勝のスターティンググリッド争いとしてではなく、純粋な短距離レースとしての再出発を切った2023年は初日にフリー走行と予選が、2日目にシュートアウトとスプリントが行われたが、2024年に向けて改定された。
赤旗とリタイヤの扱い
赤旗による中断が発生した場合、その分が規定時間に追加され、最大1.5時間まで延長される。フォーメーションラップがセーフティカー先導で開始された場合の規定周回数は1を引いた数となる。
スプリント・シュートアウトの仕組み
スプリントのスターティンググリッドは初日午後の「スプリント・シュートアウト」で決定される。これは従来型の予選と同じく、3ラウンドのノックダウン方式による1ラップタイムバトルで競われる。略称はSQ(Sprint Qualifying)。
各ラウンドの脱落数は従来の予選と変わりないが、以下のように時間は短縮され、装着コンパウンドも各ラウンドで使用可能な種類が制限される。当初は新品に限定されていたが修正された。
ただウェット宣言が出された場合、以降はタイヤ指定の義務が解除される。
ラウンド | 時間 | タイヤ |
SQ1 | 12分間 | 新品ミディアム |
SQ2 | 10分間 | 新品ミディアム |
SQ3 | 8分間 | 新旧ソフト |
日曜の決勝レースに向けた”予選”のフォーマットは従来通り。スプリント向けの表彰式は行われないが、グリッド上でセレモニーが行われる。
タイヤに関するルール
供給セット数
晴れ用のドライタイヤは通常13セットだが、スプリント適用週末は1セット少ない全12セットが各車に供給される。ミディアムは1セット増やされ、ソフトは2セット減らされる。
- P Zero ソフトタイヤ(レッド)… 6セット
- P Zero ミディアムタイヤ(イエロー)… 4セット
- P Zero ハードタイヤ(ホワイト)… 2セット
ただし上記のアロケーションはピレリが同意する場合に限り、開催地によって個別に変更する事もできる。
雨用タイヤ
通常の週末と同じく浅溝のインターミディエイトが4セット、深溝のフルウェットが3セットでアロケーションに変更はない。ただし以下の条件に該当する場合、1セットのインターミディエイトが追加供給される。
- FP1または予選がウェット宣言の場合、インターを使用した全車に追加供給
- FP1と予選はドライながらも、シュートアウトはウェット濃厚とFIAが判断した場合、全車に追加供給
- スプリントでインターまたはウェットが使用された場合、全車に追加供給
スプリント
使用コンパウンドに制限はなく、スタートを含めて各ドライバーは自由にタイヤを選択できる。また決勝とは異なり2種類のコンパウンドを使用する義務もない。つまりピットインは不要だ。
スプリント終了時に最も多くの周回を走ったタイヤをピレリに返却しなければならない。
決勝レース
グリッドポジションに関わらず、全てのドライバーが自由にスタートタイヤを選択する事ができる。ただし最低でも1回のピットストップを行い、少なくとも2種類のコンパウンドを使用しなければならないというルールは変わらない。
パルクフェルメ制限
パルクフェルメは”予選専用マシン”を禁止するもので、予選が開始された後に一旦ピットレーンを離れると、チームは決勝開始までマシンに手を加える事ができない。許されるのはフロントウイングの調整など、ごく僅かだ。
パワーユニット(PU)としてもFP1後にセッティングを確定させなければならない。レースモードで稼働させる時間が増える事から、信頼性という面でも通常の週末以上に厳しい。
なおホンダF1の本橋正充チーフエンジニアによると、各日の1回目のセッションを終えてPUに何らかの不具合が確認されたとしても、次に控える予選・スプリントに向けて交換作業を行なうのは時間的に厳しい。
スプリント適用週末は予選がFP1直後に行われるため、セットアップを変更できる時間的猶予は僅かであり、大規模なアップグレードを持ち込むのはあまり賢明とは言えない。
例外措置
安全上の観点から、スプリントが適用される週末のパルクフェルメにおいては若干の変更の余地が認められ、以下の項目に関しては同じ仕様の別の部品と交換する事ができる。
- ブレーキディスク・キャリパーパッド
- エンジン排気系
- エンジンオイルフィルター
- 吸気エアフィルター
- スパークプラグ
なおフロア下のプランクやクラッチ交換を例外として求める声も上がっていたが、結局これらがパルクフェルメの対象外リストに加えられる事はなかった。
また、通常イベントの際は同一スペック以外への交換はペナルティの対象だが、スプリント週末においては、同一イベントの事前のいずれかのセッションで使用済みのスペックであれば罰則なしに変更する事が出来る。
なお通常の週末同様にFIAがコンディション変化を宣言した場合、パルクフェルメ下にあっても技術責任者の判断に基づき、前後のブレーキダクトを変更することができる。
ペナルティの扱い
ギアボックス交換や、年間上限基数を超えるパワーユニット・コンポーネントの交換、そしてタイヤの不正使用に関するグリッド降格ペナルティはすべて、スプリントではなく決勝レースに適用される。
- FP1または予選で発生したグリッドペナルティは決勝で適用
- シュートアウトで発生したグリッドペナルティはスプリントで適用
- スプリントで発生したグリッドペナルティは決勝で適用
- パルクフェルメ違反はスプリントとレースでピットレーンスタート
- PUペナルティはレースのみに適用(パルクフェルメ違反の場合を除く)
ドライバー変更
通常の週末は予選開始前であればいつでもドライバーを変更できるが、スプリントセッションが予定されている各大会ではシュートアウト開始前までに変更する必要がある。
ただし不可抗力を理由とする変更に関しては、上記の条件に関わらず認められる場合がある。
予算上限への影響
2021年シーズンは1億4500万ドル(約159億円)の予算制限が課された。そのため3回に渡るスプリント予選の試験導入に際しては、15万ドルを会計報告から除外できる事になった。つまり予算が実質的に15万ドル上乗せされた形だ。
またスプリントの最中にクラッシュによる損傷が原因でピットに入る、あるいはリタイヤした場合は、1台あたり10万ドル(約1300万円)を会計報告から除外する事ができる。10万ドルを超える損害が発生した場合は、先に加えて10万ドルとの差額に相当する金額を会計報告から除外できる。
スプリント予選の導入に際してチームとの交渉で最も大きな障害となったのが予算だった。走行距離の増加に伴う各種パーツの消耗・メンテナンスコスト、更には事故のリスクを考慮して、上記のように追加予算が認められた。
燃料制限
スプリントでは使用する燃料量に制限はない。つまりスタート時に望むだけの燃料をクルマに積む事ができる。ただし燃料流量は140kg/hに制限される。
スプリント開催地
コース選定に際してはオーバーテイクの機会や接近戦、高速セクションの有無など、スプリントの魅力を最大限に活かせるかどうかが考慮される。
2024年
グランプリ | サーキット | 日付 |
---|---|---|
中国GP | 上海 | 4月19-21日 |
マイアミGP | マイアミ | 5月3-5日 |
オーストリアGP | レッドブルリンク | 6月28-30日 |
アメリカGP | COTA | 9月18-20日 |
サンパウロGP | インテルラゴス | 11月1-3日 |
カタールGP | ロサイル | 11月29-12月1日 |
2023年
グランプリ | サーキット | 日付 |
---|---|---|
アゼルバイジャンGP | バクー市街地コース | 4月28-30日 |
オーストリアGP | レッドブル・リンク | 6月30-7月2日 |
ベルギーGP | スパ・フランコルシャン | 7月28-30日 |
カタールGP | ロサイル・サーキット | 10月6-8日 |
アメリカGP | COTA | 10月20-22日 |
サンパウロGP | インテルラゴス・サーキット | 11月3-5日 |
導入の経緯とフォーマット変更の歴史
リバティ・メディアにより買収された後のF1は、エンターテインメント性の向上によって既存のF1ファンのエンゲージメントを高め、更には潜在的ファン層を取り込むべく様々なアイデアを模索していた。
初日フリー走行の視聴者がコアファンに偏っていた事から、F1は金曜プラクティスの存在意義を再考した。3日間のイベント全体を通してファンにエンゲージメントできるあり方を模索する中、スプリントレースに白羽の矢が立った。
最初の具体案は、チャンピオンシップのランキングを元にしたリバースグリッド形式のスプリントレースであったが、V6ハイブリッド時代に無敵の強さを誇るメルセデスが真っ向から反対の立場を示した事で2020年にお蔵入りとなった。
2021年の第10戦イギリスGPでの試験導入が決まったスプリントレース式の予選フォーマットは当初、2020年の開幕戦オーストリアGPでの実施が提案されていたが、費用負担、ポイント配分、追加で必要となる予備パーツの確保、ドライバーとの契約など、解決すべき課題は多く実現には至らず、1年後のシルバーストンで実施される事となった。
導入最初の2シーズンは従来型の予選に置き換える形で、決勝のグリッドを決するための予備レースとして行われていたが、2023年シーズン途中に競技規定が改定され、決勝や予選とは独立したレースとして執り行われる事となった。
世界選手権化された1950年以降、1つの週末に複数レースが開催されたのは1959年のF1ドイツGP以来、62年ぶりの事だった。この時は全4コーナー、全長8,300mの超高速サーキット、アヴスが舞台で、タイヤへの懸念から2ヒート制でレースが行われた。
イギリス、イタリア、サンパウロの3回に渡って試験的に実施された2021年に続き、2022年はその名称を「スプリント予選(英:Sprint Qualifying)」から「スプリント」へと変更。6回に拡大された2023年より、本戦と切り離された文字通りのスプリントレースとして行われる事になった。
現在のF1には耐久レース寄りな側面がある。ドライバーはレース中にタイヤやエンジン、ギアボックスを労らなければならない。スプリントは当初、チェッカーフラッグまでマネジメントなしの全開走行が期待されていた。
ところが蓋を開けてみると思惑通りにはいかなかった。大したポイントも得られず、クラッシュをすれば日曜の本戦に影響が出るため、誰もが安牌を切ったアプローチを採る事となり、ポイント配分の拡大と合わせて、前述のように2023年より完全な独立イベントとして再出発を切る事となった。