ギュンター・シュタイナーcopyright Haas F1 Team

ギュンター・シュタイナー

  • 最終更新:

人物データ

名前
ギュンター・シュタイナー / Guenther Steiner
国籍
イタリア
出身地
メラーノ
居住地
アメリカ
生年月日
1965年04月07日 / 52歳

ギュンター・シュタイナー(Guenther Steiner)は、1965年4月7日生まれのイタリア人モータースポーツエンジニア。ジャガー・レーシングの取締役、レッド・ブル・レーシングのテクニカル・オペレーション・ディレクターを務めた後、ハースF1チームの設立に大きく貢献。2014年以降、同チームのチーム代表を務めている。

イタリアとアメリカの2つのパスポートを持っており、妻ゲルトラウト、娘のグレータと共に、米国ノースカロライナのムーアスヴィルに住んでいる。

主なキャリア

実家は精肉店を営んでいたが、シュタイナーはエンジニアリングの道を歩むことを志し、徴兵期間を終えた後ベルギーに移住。1986年にWRC世界ラリー選手権に参戦していたマツダ・ラリーチーム・ヨーロッパのメカニックとしてキャリアをスタートさせた。

1997年、オールスター・ラリーチームの監督としてヨーロッパラリー選手権で優勝、翌98年にはプロジェクトマネージャーとしてM-Sportに移籍した。2000年にはフォード・ワールド・ラリーチームのエンジニアリングディレクターに抜擢され、コリン・マクレーとカルロス・サインツを率いて戦った。

2001年、ニキ・ラウダにヘッドハンティングされジャガー・レーシングのチーム代表に就任、F1へと転向した。事実上の就任一年目となった2002年のジャガーは、エディ・アーバインが僅か8ポイント、チームメイトのペドロ・デ・ラ・ロサはノーポイントと散々たる結果に終わった。そのため、シュタイナーは同年12月5日にプロジェクトマネージャーに降格となり、自主的にチームを去った。

2004年11月、ジャガーを買収したレッドブルはシュタイナーにアプローチ。2005年1月13日、テクニカル・オペレーション・ディレクターとしてF1に舞い戻った。シュタイナーはチーム代表のクリスチャン・ホーナーと共にチーム再建に取り組み一定の成果を挙げた。

2006年、マシン競争力の強化を目指すレッドブルは、マクラーレンから天才マシンデザイナーのエイドリアン・ニューウェイを引き抜いた。人員超過状態となったレッドブル総帥デートリッヒ・マテシッツは、シュタイナーに米国NASCARでの新チーム立ち上げの協力を依頼。妻の了承を得たシュタイナーはアメリカ・ノースカロライナに移住、2008年4月までチーム・レッドブルのテクニカル・ディレクターを務めた。

レッドブルを去ったシュタイナーはそのまま米国に留まり、2009年1月にフィブレワークス・コンポジット社を設立。その後、NASCARのスチュワート・ハース・レーシングの創設者であるジーン・ハースと接触、F1参入を提案した。ハースは、当時新規参戦を目指していたUS F1チームへの出資を見送っていた。

新チーム設立のため、シュタイナーは中核を担う人材をリクルートし、全てのF1チーム代表にインタビューを実施。チーム成功の秘訣を探るため「あなただったら、どのようにして新しいF1チームを立ち上げるか」と聞いてまわった。そして、ダラーラやフェラーリとの関係性を深めていき、2014年4月14日、ハースF1チームのチーム代表に就任した事を発表した。

2016年、ハースF1チームはアメリカのF1コンストラクターとして30年ぶりにF1に参戦。開幕オーストラリアGPでロマン・グロージャンがいきなり6位入賞を果たし8ポイントを獲得。デビュー戦での入賞は2002年のトヨタF1レーシング以来という快挙を達成した。初年度は計29ポイントを獲得し、コンストラクター8位という堂々たる成績でシーズンを終えた。