
グレアム・ロードン
人物データ
| 名前 | グレアム・ロードン / Graeme Paul Lowdon |
|---|---|
| 国籍 | イギリス |
| 出身地 | ノーサンバーランド州 |
| 生年月日 | 1965年04月23日 / 61歳 |
グレアム・ロードン(Graeme Lowdon)はイギリス・ノーサンバーランド州出身の実業家。2026年にF1へ新規参戦するキャデラックF1チームのチーム代表を務める。F1においては一貫して「新規参戦チームを競技組織として成立させる」役割を担ってきた異色の存在だ。
イングランド北東部コーブリッジ出身。機械工学の修士号とMBAを持ち、エンジニアでもドライバーでもない立場からF1に入り、ヴァージンやマルシャといった新興チームを率いてきた経歴を持つ。
2001年10月には、元レーシングドライバーのマーク・ハインズとともにドライバーマネジメント会社「イコールズ・マネジメント」を設立。その契約ドライバーには周冠宇の名が並ぶ。
主なキャリア
F1以前:起業家としての軌跡
機械工学を修めながらも、ロードンのF1キャリアは、技術者ではなく経営と組織運営を担う立場から始まった。大学卒業後、電力産業やテクノロジー関連事業に携わり、複数の企業を立ち上げた経験が後のF1参入の土台となった。
イングランド北部およびシンガポールで電力産業に従事した後、ABBグループに入社しスイスへ移住。発電所部門の国際営業チームの一員として活動した。この時期、インディカー・チームとのスポンサー契約の立ち上げに関与し、これがモータースポーツとの初めての接点となった。
1996年にイギリスへ帰国後、IT企業を設立。同社はベンチャーキャピタルの支援を受け、「Just2Clicks」として2000年にロンドンAIM史上で上場を果たす。だが翌年に事業停止となり、会社は精算された。
同時期、ロードンはフォーミュラ・ルノーのレーシングチーム「アイガー・レーシング」を共同設立。2000年末には非常勤の商業担当として英国のレースチーム、マノーに加わった。
2002年には輸送分野向け通信事業「ノマド・デジタル」を共同設立。顧客であったヴァージン・レール・グループを通じて、リチャード・ブランソン率いるヴァージン・グループとの関係を築いた。これが後のヴァージン・レーシング設立への関与に繋がる。
ヴァージン/マルシャのF1責任者
2010年、F1に新規参戦したヴァージン・レーシングにCEOとして加わり、ロードンは初めてグランプリの現場に立った。資金、技術、人的リソースが限られる中、最大の課題はチームを参戦可能な組織として維持することだった。
チームは2012年にマノー・マルシャへ改称されたが、ロードンは引き続き運営の中枢を担った。2014年モナコGPではジュール・ビアンキが9位入賞を果たし、チームは83戦目で初ポイントを獲得した。
F1離脱とキャデラック計画への参画
2015年シーズン終了後、チームオーナーとの方針の違いからロードンはチームを離脱した。それでもF1との関係を完全に断ったわけではなく、周冠宇のマネジメントに関与するなど、ドライバー視点でF1を見続けてきた。
2016年以降は、社長兼スポーティング・ディレクターとしてマノーの耐久レースプログラムを統括。これと並行して、2022年よりアドバイザーとして、マイケル・アンドレッティのF1参戦プロジェクトに関与した。
このプロジェクトは後に、政治的な理由からゼネラルモーターズ(GM)とTWGモータースポーツの主導へと移行し、2024年末にロードンはキャデラックF1チームのチーム代表に任命された。
プライベート
私生活について多くは語られていないが、カーマニアだった父親から自動車への情熱を受け継いだと明かしている。
シェフィールド大学で機械工学の修士号を取得し、ニューカッスル大学ビジネススクールで経営学修士(MBA)を取得。モータースポーツ界では例外的な経路でF1に到達した点が際立つ。