ティモ・グロック
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ティモ・グロック

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人物データ

名前 ティモ・グロック / Timo Glock
国籍 ドイツ
出身地 リンデンフェルス
生年月日 1982年03月18日 / 42歳
身長 169cm
体重 64kg
F1デビュー 2004年
WEBサイト www.timoglock.de
SNS

ティモ・グロックとは、ドイツ・リンデンフェルス出身のレーシングドライバー。2008年にトヨタのレギュラードライバーであったため我々日本人には馴染み深いドライバーだろう。レースを始めたのが15歳と、キャリアの短いドライバーでもある。レース前にはGuns N’ Rosesをよく聞いているらしい。一説にはあのスーパーマリオの従兄弟だという説もある(嘘)

ジョーダン時代-2004年

ジョーダンとテストドライバー契約をかわしていたが、カナダGPでジョルジオ・パンターノの代走としてF1デビューを果たし7位に。シーズン最後の3レースにもドライバーとして起用されたが、結果は出せずこの年で解雇。

チャンプカー時代-2005年

チャンプカー・シリーズに参戦し8位でシーズンを終え、その年のルーキー・オブ・ザ・イヤーを獲得。

GP2時代-2006年~2007年

初年度4位でシーズンを終え。2007年は、BMWザウバーのテストドライバーも務めながら、ルーカス・ディ・グラッシらを抑えてGP2のタイトルを獲得。これによりトヨタからラルフ・シューマッハの後任として2009年トヨタのレギュラードライバーとなることが決定した。GP2で結果を出してのF1復帰は素晴らしい。

トヨタ時代-2008年~2009年

写真
credit: Mypoorbrain

2008年シーズン序盤はリタイアが続き入賞できないレースが続いたが、後半に向けて調子を上げ、第7戦カナダGPでは4位入賞、第11戦ハンガリーGPでは2位でレースを終え、初の表彰台を獲得した。最終戦インテルラゴスでのブラジルGPでは、最終ラップの最終コーナー手前でルイス・ハミルトンにオーバーテイクされたことにより、ハミルトンのワールドチャンピオン獲得を演出してしまったことが話題となった。

2009年シーズンのトヨタマシンは表彰台を争えるマシンだったが、その後の開発競争で徐々に遅れを取り下位に沈んでいくという一年だった。日本GPでは予選Q2の最終コーナーでクラッシュし決勝レースを欠場、次戦ブラジルGP以降の代役を小林可夢偉が務めることになった。そして2009年シーズン終了直後でのトヨタF1撤退発表により、翌年マノー・グランプリ(後にヴァージン・レーシングに改称)から参戦することになった。

2009年日本GPでのグロックのクラッシュ
最終コーナーから運びだされるグロックのマシン

ヴァージン・レーシング時代-2010年~2011年

  • 2010年のチームメイトはルーカス・ディ・グラッシ。
  • 2011年のチームメイトはジェローム・ダンブロシオ。

マルシャF1チーム時代-2012年~

2012年シーズン開幕前にチーム名が改称され「マルシャF1チーム」となった。マルシャとは2014年までの契約を結んでいたとされていたが、2013年シーズン前にチームはグロッグの離脱を発表。チームは資金難からペイドライバーを起用し、グロッグを放出したと考えられている。

マーク・ウェバーからTwitterメッセージを受け取ったグロッグは次のように返信している。

‘That’s the way of F1 at the moment. I hope it will change because like this it has nothing to do with sport!’「これが今のF1なんだよね。現在のF1が再び変だってこれはっているよ。だってこれはスポーツとは無関係のことだからね。」

2013年シーズン以降はBMWからDTM(ドイツ・ツーリングカー選手権)に参戦している。