
新時代F1ではアクセルを緩めた方が速い? イギリスGPで浮上した「常識破りの予選テクニック」と規則の抜け穴
予選のアタックラップで、計測ラインの直前にあえてアクセルを戻す。通常ならタイムを失うだけに見えるこの操作が、2026年シーズンのF1においてはラップタイムを最大化するための武器となり得る。
メルセデスが、今季序盤に禁じられた予選トリックと同じ効果を、F1技術規則を合法的に活用することで取り戻す手法を見つけ出したようだ。イギリスの専門サイト『The Race』が報じた。
その兆候は、2026年F1第9戦イギリスGPのスプリント予選で見られた。メルセデスのアンドレア・キミ・アントネッリとジョージ・ラッセルは、アタックラップの最終局面で、計測ラインを越える直前にアクセルを緩めていたという。
その狙いは、最終コーナーのクラブ(ターン17・18)から計測ラインまでの区間で使える電力を最大化することにあった。ここでは、その巧妙なからくりをできるだけ分かりやすく噛み砕いて解説してみたい。
出力制限規定が招くタイムロス
Courtesy Of Pirelli & C. S.p.A.
シルバーストーン・サーキットを走行するアンドレア・キミ・アントネッリ(メルセデス)、2026年7月4日(土) F1イギリスGPスプリント
なぜ、1分1秒を争うアタックラップにおいて、タイミングラインの直前でわざわざアクセルを緩めるのか。この手法を理解する鍵は、2026年型パワーユニット(PU)におけるMGU-Kの出力制限にある。
2026年型F1マシンには、1周を通して最大出力を使い続けられるほどバッテリーの残量がなく、ドライバーがアクセルを踏み続けていても、システム側で自動的にMGU-Kの出力展開が段階的に低減される。
この低減率はサーキットごとに異なり、1秒間に「最大50kWまで」あるいは「最大100kWまで」と規則で制限されている。このように段階的な低減が義務付けられているのは、急激な出力低下が周囲のマシンとの間に危険な速度差を生む可能性があるためだ。
各チームは予選において、1周あたり4MJに制限されたデプロイメントの可能枠を最大限に利用しようと試みる。
理想を言えば、ラップタイムを極限まで高めるには、計測ラインを越えた瞬間にこの4MJの制限を使い切り、バッテリー残量がゼロになるようシステム側の制御プログラムを組めばよい。
だが、前述のように段階的な出力低減が義務付けられているため、タイミングラインを越えた瞬間にいきなりMGU-Kの出力をゼロにすることはできない。たとえバッテリー残量がゼロになったとしても、MGU-Kの出力を一気にゼロに落とすことは規則上許されていないのだ。
そのため、通常は計測ラインに向かって350kWから300kW、250kWへと徐々に出力を落としていくことになるが、これでは最終セクションでのタイムロスにつながってしまう。
この「先細り」を回避することが、メルセデスの狙いだった。
先細り回避を可能とした規則の抜け穴
Courtesy Of Mercedes-Benz Grand Prix Ltd.
シルバーストーン・サーキットのクラブ(ターン17・18)からホームストレートへと向かうアンドレア・キミ・アントネッリ(メルセデス)、2026年7月4日(土) F1イギリスGP予選
メルセデスは、アタックラップの最終セクションで段階的な出力低減を合法的に回避し、最大出力の350kWをより長く維持しているとされる。そのために必要なのが、計測ライン直前でアクセルを戻すという操作だ。
アクセルを戻せば、マシンは当然ながらその瞬間に加速を失う。だが、その直前まで350kWを保てるのであれば、段階的に出力が落ちるよりもトータルで得をする可能性がある。
これは技術規則の例外条項を巧みに利用したテクニックだ。
規則第C5条12項7号には、「内燃エンジン(ICE)の出力が負(エンジンブレーキがかかっている状態など)」であり、かつ「ドライバーの要求する出力を達成するためにERS-Kの出力をさらに低減する必要がある場合」に限り、段階的にではなく一気にMGU-Kの出力を落とすことが認められている。
つまり、計測ラインの直前でアクセルを戻すことにより、その直前までMGU-Kの最大出力を維持しつつ、通常であれば避けられない出力の先細りを回避できるというわけだ。
FIAも合法と認めた0.1秒を稼ぐ新時代の予選技術
Courtesy Of Mercedes-Benz Grand Prix Ltd.
パルクフェルメで握手を交わすポールポジション獲得のルイス・ハミルトン(フェラーリ)と2番手アンドレア・キミ・アントネッリ(メルセデス)、2026年7月3日(金) F1イギリスGPスプリント予選(シルバーストーン・サーキット)
では、この手法の効果はどのくらいあるのだろうか。報道によると、アントネッリはスプリント予選で、ルイス・ハミルトン(フェラーリ)との比較において、クラブ出口からタイミングラインまでの区間で約0.1秒を稼いでいたという。
通常、アクセルを戻すことは、タイムロスにつながる行為に見える。だがこの手法を使った場合、その前段階で最大出力をより長く使えるという利点が生まれ、最終的な損益が逆転する余地が生まれる。
この手法の本質は、速く走るために最後までアクセルを踏み続けるのではなく、規則上もっとも得をするタイミングで出力を使い切ることにある。ドライバーの操作としては奇妙でも、背後にある狙いは極めて論理的だ。
2026年型PUでは、エネルギーをどこで使い、どこで回生するかが、ラップタイムを大きく左右すると言われるが、今回のケースはその象徴的な例の一つと言える。
シルバーストンの計測ライン直前で確認されたメルセデス勢によるわずかなアクセルオフは、新たな時代の予選ラップの走り方を示唆しているという点で興味深い。
なお報道によると、FIAの関係筋はこの戦術が規則に完全に適合していると認めている。