メディアの質問に応えるホンダF1の現場統括責任者を務める田辺豊治テクニカル・ディレクター、F1オーストラリアGP決勝レース当日
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ホンダF1 田辺TD「V10エンジンが好きですね」PU開発、セナ、市販車転用…ファンから質問に答える

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ホンダF1の現場統括責任者を務める田辺豊治テクニカル・ディレクターがファンからの質問に答えた。オーストリアでの開幕を前に、ホンダがSNSを通して田辺TDへの質問を募ったところ、300件以上が寄せられた。

質問は多岐に渡った。学生時代の専攻や愛車、好きなエンジン形式といった個人的なものから、かつて所属していたHPD(インディカー担当)をはじめとする他部署との連携、更には今週末のレッドブル・リンクに持ち込まれるPUアップグレードや目標といった今季の選手権に関わるものまで、田辺TDはその一つ一つに丁寧に答えた。

ゲルハルト・ベルガーと田辺豊治。2018年F1オーストリアGPでの再会
© Honda / ゲルハルト・ベルガーと田辺豊治。2018年F1オーストリアGPにて

田辺TDは1984年に本田技術研究所に入社した後、90年から92年まで第一期マクラーレン・ホンダに参加し、アイルトン・セナの相方であったゲルハルト・ベルガー担当エンジニアを務めた。セナとの一番の思い出は?と問われると田辺TDは次のように答えた。

「私はゲルハルト・ベルガーの担当エンジニアでしたが、アイルトンとも接点がありました。彼らはいつも”もっとパワーをくれ”と求めていました。アイルトンもゲルハルトとも凄く繊細でした。レースに勝つためであれば、アイルトンはどんなに激しい要求も厭わない人でした」

田辺TDはその後、ホンダF1第3期(2000~2008年)でジェンソン・バトンのレースエンジニアを担当。ホンダのF1撤退後は量産エンジンの開発に従事した。2013年から17年にかけては米国拠点のホンダ・パフォーマンス・ディベロップメント(HPD)のシニア・マネージャー兼レースチーム・チーフエンジニアとして活躍し、佐藤琢磨のインディ500優勝をバックアップした。

2017年のインディ500で優勝したアンドレッティ・オートスポーツの佐藤琢磨
© Indycar / 2017年のインディ500で優勝したアンドレッティ・オートスポーツの佐藤琢磨

HPD所属当時から田辺TDを知るというファンからの「マネジメントという点で、インディカープロジェクトでの知見はF1に活かせているか」との質問に対しては、「(2008年までの)F1ではエンジンエンジニアという立場でしたが、インディカーではチーフエンジニアとしてプロジェクト全体を担当する立場でしたので、1チームだけでなく全ホンダユーザーを相手に仕事をしていました。この経験は今のF1での仕事に凄く役立っています」と答えた。

エンジン型式は異なるものの、同じシングルシーターであるHPDとF1プロジェクトとは緊密に連携して動いており、開発のみならず技術面でも協力し合っていると説明した田辺TDは「頻度は多くはありませんが、お互いに開発関連のノウハウをやり取りしたりもします」と付け加え、MotoGP等の2輪モータースポーツを担当するHRCとF1プロジェクトとの連携も存在する事を明かした。

ロックダウン中の最もホットな話題の1つは、メルセデスがMGU-Hのテクノロジーを市販車に転用する計画を発表した事だった。排気ガスを使ってエネルギーを回生するMGU-Hは、ターボチャージャーと同軸に設置された装置で、F1パワーユニットの中で最も複雑かつ高価なデバイスとされている。

V6ハイブリッド時代の覇者として君臨するメルセデスは、F1で培ったノウハウを元にして「エレクトリック・エキゾーストガス・ターボチャージャー」なる革新的技術を開発。これを時期AMGのロードカーに搭載すると発表した。

F1パワーユニットのMGU-Hを転用して開発されたメルセデスAMGのエレクトリック・ターボチャージャーの構造図
© Daimler AG / F1パワーユニットのMGU-Hを転用して開発されたメルセデスAMGのエレクトリック・ターボチャージャーの構造図

ファンがこのタイミングでホンダの状況を気にするのは自然の成り行きだろう。「PUの中のどの領域がロードカーに役立てられそうか?」との質問に対し、田辺TDは次のように答えた。

「現代のF1関連のシステムは非常に複雑であり高い効率を発揮しています。私はエネルギー回生システムを含め、PUの技術は未来の市販車のキーテクノロジーになると考えています。エネルギーマネジメントを担当するソフトウエアのノウハウも重要な役割を果たすはずです。今も市販車部門との間で知見をシェアしていますが、今後はそれが更に拡大していくと思います」

開発に関連した文脈の中でよく”フィードバック”という言葉が聞かれるが、ドライバーからの評価・意見というものはエンジンのパフォーマンス向上にどの程度活かされているのだろうか?

田辺TDは「ドライバーは最も優れたセンサーであると言えます。彼らからのフィードバックには、データロガーでは把握できないような情報が含まれています。それに我々は、予選や決勝で実際にレーシングマシンをドライブした経験は持ち合わせていません。その点彼らは必要な情報をしっかり伝えてくれます。パフォーマンス向上にドライバーの声は欠かせません」と説明した。

この手の公開Q&Aに質問を寄せるのは、その人物を心から愛するガチのファンばかりだ。プライベートに関する質問も興味深いものがあった。

「V6、V8、V10のどのエンジンが好きですか?」との好みを問う質問には「V10エンジンが好きですね。音が最高です。音的にはV12の方が良いですが、重量やパフォーマンスといったマシンと組み合わせを考えるとV10エンジンが最高だと思います」とのエンジニア視点での答えを返した。愛車は当然ホンダ車で、日本ではS2000に乗っているとの事だ。

ミナルディ191Bに搭載された700馬力を誇る3.5リッターのランボルギーニ LE3512 V12エンジン
ミナルディ191Bに搭載された700馬力を誇る3.5リッターのランボルギーニ LE3512 V12エンジン

今シーズンの目標については「できるだけ多く勝利してタイトル争いに絡む事」と答え、レッドブル・リンクで予定されている「スペック1.1」なるアップグレードについては「開発停止を強いられるシャットダウンがあったためシーズン前と比較して大きな進化はありませんが、デザインやコンセプトを引き継ぎつつ、信頼性やパフォーマンスを少し改良しています」と説明した。

信頼性とパワーはトレードオフであり、パワーを重視した使い方をすればエンジンの寿命は短くなる。再編されたカレンダーは現時点で8レースのみだが、F1のチェイス・ケアリーCEOは15~18戦を目標に掲げており、最終的に今シーズンが何戦を行うかは明らかになっていない。

田辺TDは信頼性とパフォーマンスの関係について「兼ねてより申し上げていますが、私はどちらも重要だと考えています。例えシーズンが短くとも、その考えに変わりはなくバランスがとても大切だと考えています。我々もまだ今シーズンに何戦が行われるか分かっていませんので、もしシーズンが短いようであれば、パフォーマンスと信頼性の両面において少し攻める事ができるかもしれません」と語り、Q&Aを締め括った。

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