ダニエル・リカルド、F1引退後初めてサーキットへ「今は”スローレーン”を楽しんでいる」

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36歳の誕生日を迎えたダニエル・リカルドが、事実上のF1引退レースとなった2024年シンガポールGP以来、初めてサーキットに姿を見せた。F1サーカスの喧騒を離れて数ヶ月、現在の心境を率直に語った彼は、カート場で子どもたちと過ごす中で、レーシングドライバーとしての原点を改めて見つめ直している。

「引退」という言葉への複雑な思い

「調子はいいよ! 今はスローレーン(追い越し車線ではない走行車線のこと)で人生を楽しんでる」

カートシリーズ「ダニエル・リカルド・シリーズ」(通称“DRS”)の第5戦が開催されたイギリスのバックモア・パークで笑顔を見せたリカルド。その表情には、どこか複雑な思いも滲んでいた。

「35歳で『引退』なんて言うのは変な感じがするけど、少なくとも僕が生きていた世界からは引退したということだね」

一方でリカルドは、「でも、すごくいい気分だよ」とも語り、未練をのぞかせることなく、自身のキャリアの出発点を思い返していた。

カート場で見つけた「純粋なレーシング」

「レーストラックに来たのはシンガポール以来、初めてなんだ。もう数ヶ月も経つんだね」

F1の重圧から解放された彼の表情は、むしろ清々しさに満ちていた。リカルドは、カートに乗る子どもたちの姿を目の当たりにし、自身がモータースポーツの道を歩み始めた理由を思い出していた。

「僕がカートを始めたのもこういうことだったんだ。子どもたちの写真を撮っていると、彼らの間にある友情がよくわかる。カート時代の友情は一生続くものが多いんだ。今でも僕の親友は、一緒にカートレースをしていた仲間だからね」

ガレージに向かうダニエル・リカルド(RBフォーミュラ1)、2024年9月21日(土) F1シンガポールGP予選(マリーナベイ市街地コース)Courtesy Of Red Bull Content Pool

ガレージに向かうダニエル・リカルド(RBフォーミュラ1)、2024年9月21日(土) F1シンガポールGP予選(マリーナベイ市街地コース)

今でこそF1で8勝を挙げた名ドライバーだが、リカルドにとってのレースの原点はシンプルだった。

「正直、ドライビングに関しては、上手くなろうとか、そういうことじゃなく、ただ楽しんでいただけだった。友達と一緒に遊んで、スクーターに乗ったりして、父からいつも『グリッドにカートが並んでるぞ、ヘルメットをかぶれ!』って言われて、引っ張られて行く感じ。レース自体は二の次だった。ただ、こういう環境で友達と一緒にいることが楽しかったんだよ」

F1の世界では味わえなくなっていた「最も純粋な形のレーシング」を、リカルドは今、新鮮な気持ちで再発見している。

憧れの存在となった今、担うべき新たな使命

かつては他のドライバーに憧れる少年だったリカルドも、今では子どもたちにとっての憧れの存在だ。

「僕自身もヒーローや憧れの人がいた。尊敬する人に会うときはすごく緊張した。だから、そういう子どもたちの気持ちはよくわかる」

だからこそ、彼は“憧れの対象”として何を伝えるかを大切にしている。

「もし僕がここにいて、何人かの子どもたちと話すことで、ほんの少しでもインスピレーションやモチベーションを与えることができるなら、それは最高に素晴らしいことだと思う」

「8歳、9歳、10歳の頃に僕もそうしてもらって、本当にありがたかったんだ」

レッドブルのダニエル・リカルドとマックス・フェルスタッペン、2018年F1オーストリアGPにてCourtesy Of Red Bull Content Pool

レッドブルのダニエル・リカルドとマックス・フェルスタッペン、2018年F1オーストリアGPにて

父から受けた教え「楽しむ」ことの大切さ

リカルドが子どもたちに最も伝えたいメッセージは、実は彼自身が幼少期に父親から受けた教えそのものだった。

「僕はアドバイスの面ではかなり恵まれていたと思う。いつも言われていたのは『とにかく楽しめ』ってことだった。誰かを感動させようとか、本当の自分以外の誰かになろうとする必要はない。『これをやればテレビに出られてお金が稼げる』なんて話じゃなかった。ただ『楽しめ』、それだけだった」

この価値観は、リカルドのレーシングキャリアだけでなく、人生そのものを形作ってきた。

「レースは怖いものでもある。でもレースのおかげで、学校でも自信が持てるようになった。誰もがみな内気で、成長過程でいろんなことを経験すると思うけど、僕にとってはレースが人として自信を与えてくれたんだ」

険しい表情を見せるルノーのダニエル・リカルド、2019年F1バルセロナ合同テストにてCourtesy Of RENAULT SPORT

険しい表情を見せるルノーのダニエル・リカルド、2019年F1バルセロナ合同テストにて

“ハニーバジャー”の異名を持ち、笑顔と情熱でファンを魅了してきたリカルド。F1という舞台からは退いたものの、今は”スローレーン”で次世代のレーサーたちに光を注いでいる。

「混沌としていたこれまでとは違って、今は時間的な余裕もあるし、こうしてキャリアの原点に立ち返れる機会が持てて良かったよ」

F1中国GPで優勝しシューイを行うレッドブルのダニエル・リカルドCourtesy Of Red Bull Content Pool

F1中国GPで優勝しシューイを行うレッドブルのダニエル・リカルド