
ECU/CE
ECU(Electronic Control Unit)とは、エンジンやギアボックス、ドライブバイワイヤなどの各種システムを電子的に制御するためのコンピュータ装置の総称だ。F1マシンには複数のECUが搭載されているが、その中核を成すのが、国際自動車連盟(FIA)が定める標準ECU(SECU)だ。
一方で、2014年にハイブリッドパワーユニット(PU)が導入されて以降は、ERS(エネルギー回生システム)やMGU-K/MGU-H、バッテリーなどの制御を担う、PUメーカー独自のコントロール・エレクトロニクス(CE)も別途搭載されている。ECUとCEは密接に連携しながらも、それぞれ異なる制御領域を担っている。
標準ECU(SECU)の役割と仕様
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マクラーレン製ECU
2008年以降、F1ではMcLaren Applied Technologies製の標準ECU(TAG-320B)の搭載が全チームに義務づけられている。これはF1マシンの電子制御における中枢的存在だ。主な役割は以下の通り。
- ギアボックス、ディファレンシャルなどの制御と、ICEとのインターフェース管理
- 約300個に及ぶセンサー情報の収集とモニタリング
- 約4,000項目のパラメーター統合処理
- テレメトリによるリアルタイムデータ送信(約3GB/レース)
- オンボードでのログ記録(約4GB/レース)
- 違法制御(トラクションコントロール等)の検知・制限(FIA監視)
SECUはまた、バイ・ワイヤ方式の操作系のうち、主にスロットルの制御や、空力デバイスの挙動とパワートレインの同期制御なども担っている。
なお、ブレーキ制御はMGU-Kによる回生との連携が必要となる。SECUもブレーキ・バイ・ワイヤシステムとのインターフェースを担っているが、実際の高電圧制御や回生制御は主にパワーユニット側のCEが担当していると見られる。
CEの役割と特徴
CEは、F1パワーユニットにおけるMGU-K、MGU-H、ES(バッテリー)などを管理する高電圧系のエネルギー制御に特化した電子機器だ。実際には「CE-K」及び「CE-H」という2つの制御システムから構成されており、それぞれMGU-KとMGU-Hに対応している。
CEの役割は、MGU-KまたはMGU-Hから得られるエネルギーを、バッテリーに蓄えられる形式に変換すること。そして逆に、バッテリーに蓄えられたエネルギーを、MGU-Kが使用可能なエネルギーに変換して供給することにある。主な制御内容は以下の通り。
- MGU-K/MGU-Hの回生と電力供給の最適化
- バッテリー(エネルギーストア)の入出力管理
CEには非常に高度な処理能力が求められる。搭載されるプロセッサは1秒間に何百万回もの計算を実行しており、レース全体では合計43兆回の計算が行われるとも言われている。
各PUメーカーが独自に開発し、FIAのホモロゲーションを得る必要がある。制御ロジックにはPUメーカーのノウハウが反映される。
一般的には、上半分にCE、下半分にESを搭載したERSモジュールをドライバーズシートの下に配置する形をとる。
また、CEはPUコンポーネントの一部として年間使用数制限の対象となっており、規定数を超えて交換するとグリッド降格などのペナルティが科される。
ECUとCEの役割分担(比較表)
項目 | SECU(標準ECU) | CE |
---|---|---|
開発・供給 | McLaren Applied(全チーム共通) | PUメーカー独自 |
管理対象 | 車両全体の電子制御 | PU内の高電力系制御 |
FIA規制 | 装着義務、改造不可 | 年間使用数制限、超過でペナルティ |
主な制御領域 | ICE、ギアボックス等 | ERS系、点火など |
テレメトリー対応 | データ送信・ロギング機能 | 一部(PU内での閉じた制御が中心) |
市販車とF1におけるECUの違い
市販車では、エンジン制御だけでなくエアバッグ、ブレーキ、ステアリングなど多岐にわたる分野でECUが活用されており、現代の乗用車には100個近いECUが搭載されていることもある。
一方、F1においては極めて高精度かつリアルタイム性の高い制御が求められ、1台の車両からは決勝レース中に7GB以上のデータが収集され、チーム本部に無線で送信されている。
このように、F1におけるECUとCEは、車両の運動性能を極限まで引き出すために高度に協調した電子制御の要だと言える。
市販車におけるECU
エンジンを電子制御することで、外気温や標高といった周囲環境に左右されることなく、確実な始動が可能となる。さらに走行中も、燃費や排出ガス、ドライバビリティの最適化がリアルタイムで行われる。
一方で、コンピューター制御されていないエンジンは、氷点下の厳冬期や富士山のような高地では始動性が著しく低下する。また、ドライバーの運転スタイルに応じて回転数や燃料供給量を最適化し、効率的な走行を実現することもできない。
ECUの主なメリット
- 燃費の向上
- エンジン性能の向上
- 排気ガスの清浄化
- ドライバビリティの向上
市販車の世界では、ECUのプログラムを書き換えることで出力を向上させたり、運転特性を改善する「ECUチューニング」が一般的に行われている。かつてエンジン性能を高めるには、エンジンを分解し、物理的な改良を施す必要があったが、ECUの登場によって、ソフトウェアの変更のみで性能アップが可能となった。
たとえば、ボルボの「ポールスター・パフォーマンス・パッケージ」(税込価格188,000円)は、ECUのプログラム変更によって馬力やトルクを向上させる。マツダの「G-ベクタリングコントロール」も同様に、制御系の最適化によって運転操作性を高める仕組みだ。
ECUのセッティング次第では、場合によっては馬力を倍近くまで引き上げることすら可能である。まさにエンジンを生かすも殺すもECU次第と言える。
1990年代には1台の市販車におよそ30個のECUが搭載されていたが、2010年代にはその数は100個近くにまで増加しているともされ、自動車は今や高度に統合された電子制御の塊となっている。