決め手と背景・経緯:アストンは如何にしてフェラーリを退けニューウェイを獲得したのか?
エイドリアン・ニューウェイが、グランドエフェクトカー時代を席巻するレッドブルを離れアストンマーチンに移籍したのは、F1世界選手権を制覇するという野望に基づき、エグゼクティブ・チェアマンとしてアストンを率いるローレンス・ストロールが情熱を持って進めてきた莫大な投資と交渉の成果だった。
ストロールがニューウェイに最初にアプローチしたのは「3年ほど前」だった。ニューウェイが設計を主導したRB16Bでレッドブルが8年ぶりにドライバーズタイトルを獲得した2021年のことだった。
特に中東でのレース中に、しばしばホテルのジムで顔を合わせるなど、ニューウェイとは長年の友人関係にあった。
ニューウェイとレッドブルが2022年以降のグランドエフェクトカー時代を席巻する中、ストロールは人材、施設への投資を続け、2021年9月に新しい最先端のファクトリーを着工させ、昨年、移転した。
ストロールにとってニューウェイは、アラムコとホンダに並ぶ「最も重要な鍵」の一つであり、技術的リーダーシップの観点における「パズルの最大のピース」だった。
ニューウェイの退団とストロールの決意
ニューウェイは、10代からの夢であったモータースポーツ・デザイナーとしてのキャリアを実現し、F1で数多くの成功を収めてきた。それでも自己の成長と新しい刺激を求め、キャリアの次なる段階として新たな挑戦が必要だと感じ、レッドブルを離れることを決断したと説明した。
レッドブル離脱の知らせは2024年5月に発表されたが、その決断は4月の日本GPの週末に下されたものだった。ニューウェイはその時点で、引退を含めて将来がどうなるかは全く予想していなかったという。
「新しい挑戦が必要だと感じたんだ」とニューウェイは語った。「それで4月の終わり頃、何か違うことをしなくてはと決心した。妻のマンディとは長い時間話し合った。『さて、次は何をしようか。世界中を航海しようか、それともアメリカズカップとか、何か違うことをしようか』とね」
「鈴鹿の週末にレッドブルを去ることを決めたが、次に何をするか、どうなるかは全く分からなかった」
ニューウェイとの契約に誰よりも先にこぎつけるため、ストロールは即座に行動に移った。「彼がチームを去るというニュースを見た瞬間、これは運命だと感じた。そして本格的な話し合いをスタートさせた」とストロールは述べている。
アルピーヌやウィリアムズ、アウディを含めて、誰もがF1史上最も偉大なデザイナーの獲得に動いた。中でも特にフェラーリはストロールにとって最大の脅威だった。ニューウェイは過去に、フェラーリと共に働きたいと口にしており、2025年にメルセデスから移籍するルイス・ハミルトンもラブコールを贈っていた。
決め手は最新鋭のファクトリー
それでもニューウェイが選んだのはF1、そしてアストンだった。ニューウェイは「人間と機械」のスポーツに関わり続けることを決意した。
「人間と機械の頂点は何か? 明らかに、それはF1だ。私はアメリカズカップに興味を持ち続けているし、他にも多くのことに興味があるが、人間と機械との関係に取り組むのであれば、人々が私を望む限り、頂点に居続けるのも悪くないと思う」とニューウェイは語った。
アストンは、自分たちがそんな「頂点」のスポーツにおける頂点を本気で目指しているとニューウェイに確信させた。ストロールは、最新鋭の設備、そして年末あるいは来年初頭にも稼働が予定されている新しい風洞を備える新たなファクトリーがニューウェイの心を動かした「決定的に重要」な要素だと考えている。
ニューウェイは2024年6月に英国シルバーストンのファクトリーを隠密に見学した。ストロールは従業員全員に自宅待機を命じ、ニューウェイをファクトリーに招いた。
「これらの3つの壮大な施設を訪れずに理解するのは難しい。これらは我々がチャンピオンシップを目指すための重要なツールだが、以前のものでは到底チャンピオンを争うことはできなかった」とストロールは語った。
「我々が目指すものや野心、そして勝利への本気度を証明するために、この施設を建設する必要があった。だから、エイドリアンをここに招くことは決定的に重要だったと思う」
マクラーレンでテクニカル・ディレクターを務めていた当時、ニューウェイは、マクラーレン・テクノロジー・センターに移転する過程で生じた変化、政治的な動きに苛立ちを感じて2005年にレッドブルに移籍した。
新たな施設には苦い思い出があるものの、マクラーレン時代の同僚であるマーティン・ウィットマーシュとストロールによって進められたアストンのテクノロジーキャンパスにニューウェイは称賛の言葉を送った。
「ローレンスとマーティンがここに作り上げた施設は本当に見事だ」とニューウェイは語っている。
「新しいファクトリーをゼロから建設し、それを暖かく創造的な雰囲気を持つものにするのは簡単なことではない」
「結局のところ我々は、創造的で優れた解決策を見つけ出すためにここにいる。そのためには特に、働く全員のコミュニケーションが良好であることが重要だ」
「新たに作られた建築物という点で私はこれまでに幾つか失敗例も見てきたが、この施設は素晴らしい。バランスがよく、必要な設備がすべて揃っている」
ニューウェイはまた、莫大な資金が投じられたこの新しい施設はストロールのビジョンとチームへのコミットメントを「視覚的」に示していると述べた。
ホンダとの提携、株式も追い風に
アストンが2026年の新時代に向けて、メルセデスのカスタマーエンジンからホンダのワークスエンジンに切り替えたことも、ニューウェイにとっては大きな要因だった。
2014年に現行の1.6リッターV6ハイブリッド・ターボエンジンが導入されるとレッドブルは競争力を失った。ルノーエンジンにはタイトルを争う力はなく、車体側で如何に尽力しようとも競争力不足を埋められない状況を受けニューウェイは、最前線から距離を置いた。
そんなニューウェイのモチベーションを復活させ、第一線に引き戻したのはホンダとのワークス契約だった。
「ホンダと仕事を続けていけることを本当に嬉しく思っている。レッドブルで過去6年に渡って彼らと共に仕事をするのは本当に楽しかった」とニューウェイは語った。
「最高のエンジニア集団なんだ。一緒に仕事をするのは本当にスムーズだった」
アストンはフェラーリとは異なるユニークなオファーを提示した。それは「株主兼パートナー」になるチャンスを提供することだった。
「株主やパートナーになる機会はこれまでに提供されたことがなく、とても楽しみにしている」とニューウェイは語り、他のチームではなくアストンを選んだのは「あらゆる観点から非常に明確で自然な選択」だったと説明した。
アストンは基本年俸として2,000万ポンド(37億4,800円)、ボーナスを含めて最大3,000万ポンド(約56億円)を支払うと報じられている。これはマックス・フェルスタッペンとルイス・ハミルトンと除く現行ドライバーの中で最も多い。契約期間は明らかにされていないが、5年契約と見られている。
ニューウェイへの巨額の報酬についてストロールは「これは投資ではない。彼は株主でありパートナー、私が連れてくることができる最高のパートナーだ。我々は彼と共に長くやっていくつもりだ。だから、エイドリアンがもたらすパートナーシップ(に対する対価)は決して高くはない」と付け加えた。