トヨタ TS050 HYBRID 7号車の小林可夢偉、2020年第88回ル・マン24時間レース初日にてCourtesy Of TOYOTA MOTOR CORPORATION

”日本人初F1ウィナーの可能性”あった小林可夢偉が考える「角田裕毅のF1での成功条件」

  • Published:

史上17人目の日本人F1ドライバーとして、2009年から2014年にかけて最高峰フォーミュラ1で活躍した小林可夢偉は、同18人目の後輩にあたる角田裕毅のF1での成功条件として「敏腕マネージャー」を挙げた。

クラッシュによる脊椎損傷のティモ・グロックに代わり、2009年のブラジルGPでデビューを果たした小林可夢偉は、その年のタイトルを獲得する事になるジェンソン・バトンと激しい攻防を演じるなど、センセーショナルな走りで初戦9位フィニッシュを飾った。

ただその年を以てトヨタはF1撤退を決断。小林可夢偉は巨大な支援者と行き場を失ったが、ペーター・ザウバーにその実力を認められ、3シーズンをスイス・ヒンウィルのチームで過ごした。実力で掴み取ったシートだった。

2012年のF1日本GPでの3位表彰台は今も語り草で、海外からは「オーバーテイク・キング」と高く評価された。ポディウムセレモニーでの地鳴りのようなファンの歓声は、欧州のジャーナリスト達が今も度々口にするほど強烈なものだった。

表彰台セレモニーに向けて控室で国際映像カメラに手をふるザウバーの小林可夢偉、2012年F1日本GPcopyright Formula1 Data

表彰台セレモニーに向けて控室で国際映像カメラに手をふるザウバーの小林可夢偉、2012年F1日本GP

小林可夢偉がF1を去って7年。驚異的なスピードでF1まで上り詰めた角田裕毅は、デビュー戦となったバーレーンGPの予選Q1で2番手タイムを獲得。Q2は奮わず13番グリッドから決勝をスタートしたものの、歴代ワールドチャンピオン達を次々と抜き去り小林可夢偉と同じ様に9位でチェッカーを受けた。

パドックはそのスピードとスキルの高さを称賛し、名将ロス・ブラウンをして「近年のF1におけるベストルーキー」と言わしめた。またシニアチームであるレッドブルの首脳、ヘルムート・マルコは「日本人初のF1ワールドチャンピオン誕生は間違いない」として、トップチームのレッドブル移籍を視野に入れている。

2021年3月28日のF1バーレーンGP決勝レースを前にグリッド上で準備を整えるアルファタウリ・ホンダの角田裕毅Courtesy Of Honda Motor Co., Ltd

2021年3月28日のF1バーレーンGP決勝レースを前にグリッド上で準備を整えるアルファタウリ・ホンダの角田裕毅

日本のみならず、海の向こうでの評価もうなぎ登りの角田裕毅だが、波乱の環境変化の中で3チームを渡り歩いた小林可夢偉はポッドキャスト”Beyond the Grid”の中で、F1で生き残り成功を収めるためには、パフォーマンスやクルマとのマッチング以外にも目を向ける必要があるとの考えを示した。

「心配はしていません。上手くやってくれると思っていますが、彼には凄腕のマネージャーが必要だと思います」と小林可夢偉は語る。

「確かに彼は良い結果を残せると思いますが、ミスをする事もあると思います。そうした場合に、チームに対して上手く説明してくれる人が必要です。自分自身をマネジメントするためのフィルターが必要という事です」

「若くモータースポーツでの経験が乏しい場合、メンタルや自信といった面でのマネジメントを手助けしてくれる人を知っておく必要があります」

「時間をかければ、いつか良い結果が得られる事は間違いありませんが、F1におけるチームとのイメージや彼自身のブランディングを如何に管理するかが最も重要なことだと僕は感じます」

小林可夢偉は角田裕毅との初めての出会いを次のように振り返った。

「ホンダのレーシングスクールに入る前の事だと思いますが、トヨタのスクールに来ていた彼を教えていた事があるんです」

「彼が14歳か15歳の時だったと思います。何度か話をしました。先月も話をしましたよ」

チームの財政難からザウバーのシートを失い、クラウドファンディングやスポンサー回りによって資金をかき集めるなど、小林可夢偉はドライビング以外の部分で多くの苦労を重ねたが、トヨタが撤退しなければ日本人初のF1ウィナーになっていた可能性もある。

トヨタがF1から撤退する事を事前に知っていたかと問われた小林可夢偉は「いえ、噂があることは知っていましたが、通常すぐに辞める事はないので、もう1年猶予があると思っていました。それだけに本当にびっくりしました」と答えた。

「(2009年の最終)アブダビGPの後に電話があって、ドイツでミーティングをしたのですが、始めは2010年のシートのオファーだと思っていました。ですが実際には、トヨタがF1から撤退するという内容で(笑… 本当にショックでした」

「正直なところ、あと1年あれば勝てると思っていました」

「エンジンはアップデートによって30〜40馬力向上する見通しでしたし、(車体の)空気抵抗の低減によるトップスピードの向上も期待できる状況でした。既にブロウンディフューザーを手にしていましたし、技術的には十分にリードしていたと思います」

「マニュファクチャラー達は2010年にブロウンディフューザーの開発に着手しましたが、トヨタは既にこれを持っていました。それに更なるアップデートも幾つか用意されていました」