モンテカルロ市街地コースでレッドブル・レーシングRB21をドライブする角田裕毅、2025年F1モナコGP
Courtesy Of Formula1 Data

FIA、門外不出の「ペナルティ&ドライビング標準ガイドライン」初公開―”F1ブラックボックス”の中身が明らかに

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国際自動車連盟(FIA)は2025年6月26日、F1界で長年“ブラックボックス”とされてきた内部文書「ドライビング標準ガイドライン(Driving Standards Guidelines)」および「ペナルティ・ガイドライン(Penalty Guidelines)」を初めて一般公開した。

これらはF1における審判判断の透明性を高める目的で整備されたもので、ドライバーやチームとの協議を経て改訂が重ねられてきた。ドライビング標準ガイドラインは2022年に初導入され、ペナルティ・ガイドラインは10年以上前から内部的に使用されていたが、いずれもこれまで一般には非公開だった。

これらの文書はいずれも競技規則上の拘束力を持たず、ステュワードが一貫性と公平性を保つための補助資料として機能する。

ガイドライン公開の目的についてFIAは、「判断根拠を広く理解してもらうこと」にあるとし、今後は他カテゴリーへの展開も視野に入れた取り組みを進めていくとしている。

”判断の可視化”へ―公開の背景

F1では近年、接触や進路妨害など様々なレースインシデントを巡るステュワードの裁定に対して透明性を求める声が高まっていた。特に2024年のカタールGP期間中には、FIA主催によるF1ドライバーとの会合が開かれ、その議論を踏まえて最新版のガイドラインが策定された。

FIAのモハメド・ベン・スレイエム会長は、「ステュワードは情熱と献身を持って職務にあたっているが、不当に批判されることも多い。ガイドラインを公表することで、その厳格な判断プロセスを多くの人に理解してもらいたい」と述べ、公開の意義を強調した。

ペナルティ・ガイドライン:罰則適用の明文化

ペナルティ・ガイドラインには、およそ100件に及ぶ代表的な違反行為と、それぞれに対する推奨ペナルティおよびペナルティポイントの加算内容が記載されている。A4サイズにして13ページという膨大な量だ。

違反の種類によっては、推奨ペナルティが一義的に定められているケース(二重黄旗下での追い越しや、タイヤ交換以外の目的でのSC中のピットイン)もあるが、状況に応じて裁量が認められ、複数の選択肢が提示されているケースも多い。

たとえば、「1回以上の進路変更による防御行為」には、5秒ペナルティからドライブスルーペナルティまでの幅が設けられており、バーチャルセーフティカー(VSC)中の速度超過に関しても、違反したセクター数に応じて5秒、10秒、ストップ&ゴーペナルティといった段階的対応が定められている。

2025年スペインGPで発生したマックス・フェルスタッペンとジョージ・ラッセルの接触事案についても、このガイドラインに照らすことで新たな位置づけが可能となった。仮に意図的な接触と判断されていれば、4ポイントの加算によってレース出場停止処分に至っていた可能性がある。

さらに、情状酌量の余地や特例的事情についても記載されており、ステュワードの裁量を排除せず、一定の柔軟性を維持する内容となっている。

ドライビング標準ガイドライン:走行判断の基準化

ドライビング標準ガイドラインには、攻防の際にどちらのドライバーに優先権を与えるかについて、その基準が細かく定義されているほか、トラックリミットの運用、進路妨害、ストレート上での進路変更に関する違反基準などが明文化されている。

なかでも注目されるのが、優先権の判断基準だ。一部は広く知られているものだが、その多くはこれまで断片的にしか明かされていなかった。

たとえばイン側からのオーバーテイクにおいては、「エイペックス手前およびエイペックスの時点で、フロントアクスルが相手車両のミラーと並んでいること」などが求められる。一方、アウト側からの追い越しについては、「エイペックスの時点で、フロントアクスルが相手車両のフロントアクスルより前に出ていること」などが条件とされている。

F1以外のカテゴリへの波及も視野

ペナルティ・ガイドラインはF1特有の内容で構成されており、他カテゴリーへの直接適用は想定されていない。一方でドライビング標準ガイドラインは、F1以外のカテゴリーにも適用可能な内容となっており、FIAは今後、FIA世界耐久選手権(WEC)やフォーミュラEなど、他の6つの世界選手権においても、それぞれの特性に応じた新たなガイドラインを作成・公表していく方針だとしている。

GPDAディレクターを務めるメルセデスのジョージ・ラッセルは「僕らのスポーツにおける統治の透明性は重要な課題で、今回の発表はその方向への有益な一歩だ。メディアやファンが、コース上でのルールや審判の判断根拠をより明確に理解できるようになることを期待している」とのコメントを発表した。

明文化がもたらす利点と影響

今回のFIAによる文書公開は、F1の競技運営における「透明性向上」の象徴的な一歩といえる。審判判断の根拠が公表されたことで、これまで「不可解」とされてきた裁定に対し、ファンは具体的な理解を持ちやすくなる。

一方で、新たな論点が生まれる可能性もある。基準と異なる裁定が出たと受け止められるような場合には、逆に疑念を招くことも想定される。

今後は、こうしたガイドラインが実際のレース判定にどこまで整合的に反映されるかが注目される。FIAは継続的な改訂と関係者との協議を約束しており、透明性と柔軟性の両立を図る取り組みは、今後も継続される見通しだ。