
アントネッリ―”歴史的F1デビュー”を果たした「もう一人のキミ」フェルスタッペン級の才能が今、開花する
2025年のF1開幕戦オーストラリアGPで、アンドレア・キミ・アントネッリ(メルセデス)が4位入賞を果たし、鮮烈のF1デビューを飾った。「キミ」という名はF1ファンにとって、かつてのF1王者キミ・ライコネンを彷彿とさせるが、その走りもまた、将来の伝説的ドライバーを予感させるものだった。
ライコネンが2001年のオーストラリアGPで6位入賞し、F1での初戦でその名を轟かせたように、アントネッリもまた並外れたパフォーマンスを披露。16番グリッドからスタートし、波乱のウェットレースを乗り越えて4位でフィニッシュした。
Courtesy Of Mercedes-Benz Grand Prix Ltd.
ガレージ前に立つアンドレア・キミ・アントネッリ(メルセデス)、2025年F1オーストラリアGP
歴代デビュー戦トップ3の快挙
F1デビュー戦での上位フィニッシュといえば、2002年のマーク・ウェバー(5位)や2015年のフェリペ・ナスル(5位)、2021年の角田裕毅(9位)などがあるが、アントネッリはこれらを上回る成績を記録した。
75年に及ぶF1の歴史上、デビュー戦で入賞を果たしたドライバーは、アントネッリを含めてわずか69名しか存在しない。
2000年代において、F1デビュー戦でアントネッリより上の順位でフィニッシュしたのは、2007年オーストラリアGPで3位を獲得したルイス・ハミルトンと、2014年オーストラリアGPで2位を記録したケビン・マグヌッセンの2人だけだ。
ドライバー | デビュー戦 | 順位 |
---|---|---|
キミ・ライコネン | 2001年オーストラリアGP | 6位 |
マーク・ウェバー | 2002年オーストラリアGP | 5位 |
ティモ・グロック | 2004年カナダGP | 7位 |
ヴィタントニオ・リウッツィ | 2005年サンマリノGP | 8位 |
ニコ・ロズベルグ | 2006年バーレーンGP | 7位 |
ルイス・ハミルトン | 2007年オーストラリアGP | 3位 |
セバスチャン・ベッテル | 2007年アメリカGP | 8位 |
セバスチャン・ボーデ | 2008年オーストラリアGP | 7位 |
ポール・ディ・レスタ | 2011年オーストラリアGP | 10位 |
ケビン・マグヌッセン | 2014年オーストラリアGP | 2位 |
ダニール・クビアト | 2014年オーストラリアGP | 9位 |
フェリペ・ナスル | 2015年オーストラリアGP | 5位 |
カルロス・サインツ | 2015年オーストラリアGP | 9位 |
ストフェル・バンドーン | 2016年バーレーンGP | 10位 |
角田裕毅 | 2021年バーレーンGP | 9位 |
周冠宇 | 2022年バーレーンGP | 10位 |
ニック・デ・フリース | 2022年イタリアGP | 9位 |
オリバー・ベアマン | 2024年サウジアラビアGP | 7位 |
アンドレア・キミ・アントネッリ | 2025年オーストラリアGP | 4位 |
波乱のレースで光った適応力
2025年のオーストラリアGPは、3度のセーフティーカー(SC)が導入され、6台がリタイアする波乱の展開となった。そのため、アントネッリの走りはやや目立たなかったかもしれないが、その内容は決して見逃せるものではなかった。
アントネッリの週末は完璧だったわけではない。予選ではわずか0.09秒差でQ1敗退を喫したが、これは縁石に乗り上げた際にフロアを損傷した影響によるところがあった。しかし、決勝当日は天候が変わり、寒さと雨に見舞われるコンディションとなったことで、挽回のチャンスが訪れた。
レースでは、他のルーキーたちが次々とリタイアし、完走したのはアントネッリとオリバー・ベアマンのみとなった。ベアマンは週末を通して2度のクラッシュに見舞われ精彩を欠き、14位に終わったが、アントネッリは見事な追い上げを見せ、4位という快挙を成し遂げた。
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雨のアルバート・パーク・サーキットを走るアンドレア・キミ・アントネッリ(メルセデス)、2025年3月16日F1オーストラリアGP決勝レース
「運」と「チーム」をも味方に
とはいえ、アントネッリの成功には「運」も味方した。元F1ドライバーのアレックス・ヴルツは「一度スピンしたが、運よくアスファルトのエスケープゾーンに飛び込んだため、大きなダメージを受けずに済んだ」と指摘した。
レース後、アントネッリは「今日は僕らにとって、考えうる限り最悪のコンディションが揃ったと思う」と振り返った。
「ウェット、ダンプ路面でのスリック、さらに雨が降ったり止んだりという状況の中、ミスもいくつかあった。特にスピンは痛かった。白線の上は滑りやすくて特に厄介だったし、本当に難しいコンディションだった。それでも、今日の結果には本当に満足してる」
また、メルセデスのバックアップも大きかった。終盤に豪雨が到来した際のインターミディエイトタイヤへの交換タイミングが、最終的な順位を大きく左右した。実際、角田裕毅(レーシング・ブルズ)やフェラーリ勢は判断を誤り、上位入賞のチャンスを逃した。
予選での低迷にも拘らず、チーム全体がアントネッリの才能とレースでの挽回を信じていた。
レース後、メルセデスのチーム代表トト・ウォルフは、アントネッリの走りに驚いていない様子で、「彼のポテンシャルを疑ったことはない」と語り、重圧下においてアントネッリが如何に結果を残せるかは、メルセデスのメンバーにとって明白だったと示唆した。
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レースを見守るメルセデスのトト・ウォルフ代表とリザーブ・ドライバーのバルテリ・ボッタス、2025年F1オーストラリアGP
レース後の対応もアントネッリに対する信頼の表れと言えるかもしれない。
アントネッリは4位でチェッカーフラッグを受けたが、ピットストップ時のアンセーフリリースによる5秒ペナルティを受け5位に降格した。しかし、ウォルフはこの裁定に納得せず、異議申し立てを申請。再審理により決定が覆るケースは多くないが、スチュワードは新たに提出された証拠を採用し、調査を経てペナルティを撤回した。
アントネッリ自身は、レース中にペナルティが出たことすら知らなかったという。「ペナルティを受けたなんて知らなかった。ただ、チームから最後までプッシュしろと言われただけだった」と明かした。
「時期尚早」を覆す走り
18歳、F2経験1シーズンという状況でのアントネッリのメルセデス昇格は、一部の専門家から「時期尚早」との声が上がっていた。1997年のF1王者ジャック・ヴィルヌーヴは、彼の起用を「まだ早すぎる」と批判していた。しかし、アントネッリはデビュー戦でその評価を覆した。
この発言には皮肉な背景がある。実はヴィルヌーヴは、10年前にも若手ドライバーの昇格を批判していた。その相手は、当時17歳だったマックス・フェルスタッペンだ。
ヴィルヌーヴは当時、「F1にとって最悪の決定だ。彼が成功すれば、F1は若手育成の場と化し、その価値を失う。もし失敗すれば、彼のキャリアは台無しになる」としていたが、今となっては、この発言が完全に的外れだったことは明白だ。
「フェルスタッペン級」の逸材か
メルボルンでのアントネッリの走りは、そんなフェルスタッペンを彷彿とさせるものでもあった。この日のレースでアントネッリは、フェルスタッペンに次いでF1史上2番目に若い(18歳203日)ポイント獲得ドライバーとなった。
ウェット巧者ぶりも4度のF1ワールドチャンピオンを思わせた。フェルスタッペンは雨を得意としており、2022年以降にウェットとなった10回レースのうち、6回を制している。
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雨のアルバート・パーク・サーキットでレコノサンス・ラップを走るアンドレア・キミ・アントネッリ(メルセデス)、2025年3月16日F1オーストラリアGP
アントネッリは以前から「雨のスペシャリスト」としての資質を見せていた。2024年のオーストリアでのプライベートテストでは、雨の中で際立つ速さを見せ、注目を集めた。また、同年のF2シルバーストンのスプリントレースでは、厳しいウェットコンディションの中で冷静な走りを披露して勝利を収めている。
もちろん、F1キャリアはまだ始まったばかりであり、荒れたレースを1戦消化しただけでアントネッリの評価が確定するわけではない。しかし、デビュー戦での走りは、彼が将来のトップドライバー候補であることを示すには十分なものだった。
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アルバート・パーク・サーキットのパッドックを妹マギーと手を繋いで歩くアンドレア・キミ・アントネッリ(メルセデス)、2025年F1オーストラリアGP