
なぜハミルトンはシムを好まない? 20年続く「距離感の背景」とフェラーリでの葛藤
ルイス・ハミルトン(フェラーリ)は、シミュレーターを使わずに2026年F1第5戦カナダGPの週末に臨む。マイアミGPで口にした「シミュレーターなしで行く」という方針を、実行に移した形だ。
ハミルトンは前戦で、フェラーリのシミュレーターへの不満を口にしていた。それが自分を「間違った方向に導いている」と感じていたためだ。木曜のモントリオールで、その方針を貫いたことを明かした。
キャリアを通じてバーチャル世界との距離を取り続けてきた7度のF1王者は、シミュレーターそのものを否定しているわけではない。それを「素晴らしい空間」だと表現したうえで、こう続ける。
「本当に強力なツールだ。チームとして改善させ続けているし、僕がフェラーリに来てからも、改善に向けてかなり意見を出してきた。チームは本当に耳を傾けてくれて、山ほど変更を加えてくれた。改善し続けてきたんだ」
’97年から続くシムとの距離
ハミルトンとシミュレーターとの関係は、20年以上にわたる。その遍歴をハミルトンはこう振り返る。
「最初にシミュレーターをドライブしたのは1997年だった。シム自体は動くものじゃなかったと思うけど、ステアリングにはフォースフィードバック機能がついていた。マクラーレンの旧ファクトリーにあったのを覚えている」
GP2時代には初期世代の本格的なシミュレーターを使わせてもらい、マクラーレン時代には比較的頻繁に使ったという。だが、その頃から好んではいなかった。
長時間にわたって多くの周回をこなすうちに、学べることが尽きる地点が来る、というのがハミルトンの感覚だった。メルセデスに加入した当初、チームのシムはまだ完成度が低かったとも明かす。
「僕らがタイトルを取ったすべてのシーズンで、シミュレーターはほとんど使わなかった。使ったのは本当に、ごくまれだった」とハミルトンは振り返る。
連覇を重ねた時期でさえ、ハミルトンはシミュレーターとの間に距離を置いていた。少しばかり使用する頻度を増やしたのは、2020年か2021年あたりだったという。
約20年にわたるF1キャリアの中で、シミュレーターが完璧に機能した記憶は一度しかないとハミルトンは言う。シミュレーターで決めたセットアップが、そのまま予選でも有効に機能し、ポールポジションを獲得した2012年のシンガポールGP、マクラーレン時代だったと振り返る。
”シム外し”がもたらした連携深化
今週末のカナダGPに向けてシミュレーターを使わなかったからといって、準備を怠ったわけではない。代わりにハミルトンが傾注したのは、エンジニアとともにデータを精査する作業だった。
「今回はシムを見送って、データにもっと集中することにしたんだ」とハミルトンは語る。
コーナーでのバランス、機械的なバランス、コーナーへの進入、ブレーキバランス、そしてブレーキの最適化。これらを深く掘り下げたという。ブレーキングはハミルトンにとって、フェラーリ移籍以降課題となってきた領域だ。
シムを使わなかった今回の準備方法について、ハミルトンは「エンジニアとの連携が本当に深まった」と手応えを示す。ただし、シミュレーターを完全に切り捨てたわけではない。
「二度と使わないと言っているわけじゃない」とハミルトンは留保する。とりわけ電動エネルギーのデプロイメントに関しては、今後も活用し続けるだろうとした。
問題は、シムと実走行の相関にある。フェラーリ移籍以降は毎回、シミュレーターを使った準備を続けてきた。また、直近の半年間は、週末後に相関を取る作業を重ねてきた。
だが「大抵の場合」、実際のコースでは最適なセットアップに「ズレ」が生じるという。シムで快適に感じたセットアップが、サーキットでは「全てが正反対」になることもあるとハミルトンは明かす。
学んだことを現地で「やり直す」はめになることが、シミュレーターに対するハミルトンの不満の背景にある。
シムなしで得た移籍後初表彰台
ハミルトンの今回の選択に一定の説得力を与えているのが、過去の経験だ。ハミルトンは、こう具体例を示す。
「(シムでの準備をしなかったカナダでの)週末がどうなるかは見てみないと分からない。でも、たとえば中国では同じことをする必要がなかった。そして、あれは僕にとって最高の週末だった」
僚友シャルル・ルクレールとの激しい接戦を制しての3位。シミュレーターでの入念な準備を必要としなかった上海インターナショナル・サーキットでの週末に、ハミルトンはフェラーリ移籍後初となる表彰台に上がった。
もっとも、中国GPでの一例だけでシミュレーター不要論を導くことはできない。シーズン中のテストが厳しく制限される現代のF1において、シミュレーターは欠かせない最重要ツールの一つだ。
ハミルトンは現在、ドライバーズ選手権で5位につけている。獲得ポイントは51点で、ルクレールに7点差をつけられている。
過去7勝を誇るジル・ヴィルヌーヴ・サーキットでの週末に、シミュレーターでの準備を除外したハミルトンの判断はどう出るだろうか。