アレックス・ザナルディ死去、59歳…F1からパラ金へ歩み続けた不屈の競技人生

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元F1ドライバーで、パラリンピック金メダリストでもあるアレックス・ザナルディが2026年5月1日(金)、死去した。59歳だった。家族が5月2日(土)に発表した。死因は公表されていない。

家族は声明で、「アレックスは最も近しい人々の愛情に包まれ、安らかに旅立った」と述べた。あわせて、現在寄せられている支援に感謝し、喪に服す時間への配慮を求めている。

ザナルディの競技人生は、F1、アメリカのCART、そしてパラスポーツを横断した。速さだけでなく、二度の重大事故を経ても競技者であり続けた姿によって、彼はモータースポーツ界の枠を超えた存在となった。

アレックス・ザナルディ、2018 UCIパラサイクリングロード世界選手権にてCourtesy Of BMW

アレックス・ザナルディ、2018 UCIパラサイクリングロード世界選手権にて

F1からCART王者へ

イタリア出身のザナルディは、1990年代にジョーダン、ミナルディ、ロータス、ウィリアムズからF1に参戦し、計41回のグランプリに出場した。1993年のブラジルGPでは6位フィニッシュを果たし、キャリア最高位にして唯一のポイントを獲得した。

F1ドライバーとして世界最高峰の舞台を経験した後、アメリカのCARTで大きな成功を収めた。2度のシリーズチャンピオンに輝き、北米モータースポーツ界で強烈な存在感を示した。

その後、再びF1へ活動の場を移した時期もあった。だが、彼の名前が世界に深く刻まれたのは、コース上でのパフォーマンスだけが理由ではなかった。

2001年、ドイツ・ラウジッツリンクで行われたCARTのレースで、ザナルディは凄惨な事故に遭った。アメリカ同時多発テロの翌週に行われたイベントだった。レースが行われたのは、一団がすでにドイツに滞在しており、アメリカに戻ることができなかったためだ。

その事故で、ザナルディは一命を取り留めたものの、両脚を失った。レーシングドライバーとしてのキャリアがそこで終わったとしても、誰も驚かなかったはずだ。だが、彼は終わらせなかった。

自ら義足を作り、再び歩む

リハビリの過程でザナルディは自らの義足の設計に関わった。本人は後に、自分を少し背の高い人間にしたと冗談めかして語ったとされる。

彼は再びレース競技の世界へと戻り、レーシングドライバーとしての現役生活を続行した。その後、ハンドサイクリングへと活動の中心を移した。ここでザナルディは、世界屈指のパラアスリートへと成長していく。

2012年ロンドン大会と2016年リオデジャネイロ大会のパラリンピックで、ザナルディは金メダル4個、銀メダル2個を獲得。ニューヨークシティ・マラソンにも出場し、4位に入った。

ハンドバイクレース中のアレックス・ザナルディCourtesy Of BMW

ハンドバイクレース中のアレックス・ザナルディ

二度目の重大事故

ザナルディは、競技者としての歩みを止めなかった。2019年にはBMWからデイトナ24時間レースに参戦するためアメリカへ戻り、義足を使わずにマシンを操った。

その場には、フェルナンド・アロンソを含む多くのトップドライバーがいた。だが、多くの関係者が写真を求め、耳を傾けたのはザナルディだった。彼の存在は、結果や肩書を超えていた。

2020年、ザナルディはイタリア・トスカーナ州で行われたハンドサイクルレース中、対向車線のトラックと衝突した。顔面と頭部に深刻な外傷を負い、一時は医学的な昏睡状態に置かれた。

以降、複数回に渡る手術を受け、1年以上に渡って専門施設で治療を受けた。そして2021年12月、妻とともに自宅へと戻り、再びリハビリに取り組んだ。

この事故もまた、彼の人生に大きな影を落とした。だが、襲いかかる試練を幾度も乗り越えてきたザナルディの姿は、すでに多くの人々にとって困難に立ち向かうことの象徴となっていた。

ハンドバイク競技で獲得したメダルを持つアレックス・ザナルディcopyright BMW

ハンドバイク競技で獲得したメダルを持つアレックス・ザナルディ

イタリアが悼んだ英雄

イタリアのジョルジャ・メローニ首相は、SNSでザナルディを追悼した。首相は、イタリアが「偉大なチャンピオンであり、並外れた人物」を失ったと述べた。

「アレックス・ザナルディは、人生のあらゆる試練を、勇気、強さ、尊厳の教訓に変えることができる人物でした」

首相はさらに、ザナルディがスポーツでの功績、模範、人間性を通じて、勝利以上のものを人々に与えたと記した。

「彼は私たち全員に、勝利よりもはるかに多くのものを与えてくれました。希望、誇り、そして決して諦めない強さです」

2020年の事故後には、ローマ教皇もザナルディを励ます手書きの書簡を送った。逆境の中で強さを示す人物として、祈りを伝えたとされる。

勝利以上のもの

ザナルディの人生を語るとき、事故と復帰の物語は避けて通れない。だが、それだけで彼を説明することもできない。

彼はF1を走り、CARTで勝ち、両脚を失い、自ら歩く方法を作り、パラリンピックで頂点に立った。さらに、もう一度深刻な事故に見舞われた後も、人々の記憶の中で不屈の競技者であり続けた。

元F1ドライバーのアレックス・ザナルディ、2019年11月富士スピードウェイにてCourtesy Of BMW

元F1ドライバーのアレックス・ザナルディ、2019年11月富士スピードウェイにて