F1ドライバー衝撃の”首”トレーニング – 280km/h超のコーナリング速度に対処する方法
大規模なレギュレーション変更の結果、2017年型F1マシンのコーナリング速度は飛躍的に向上した。コーナーを曲がる際には、コーナー外側方向への遠心力がドライバーの首に襲いかかる。30%とも言われるダウンフォースの増加と新しい幅広のピレリタイヤは、コーナリング速度を時速40kmも押し上げた。新時代マシンが生み出す強烈なサイドフォース(横向きにかかる力)に対応するため、F1ドライバーたちは例年以上に過酷な”首”トレーニングを積んでいる。
腕立て伏せ、スクワット、カーフレイズ…巷には様々な筋トレメニューが溢れているが、”首を鍛える筋肉トレーニング”等というものは聞いたことがない。ドライバー達はどのようにして自身の首を強化しているのだろうか?
首を鍛えるトレーニングの方法
シーズン途中にトロ・ロッソからルノーに移籍したカルロス・サインツは、重りの入ったヘルメットを被った状態でカートレースを行い、今年のレースのシュミレーションを行っていた。サインツによれば、首のトレーニングには2つの方法があるという。
「ひとつは、首におもりを付けてジムでトレーニングする方法。もう一つは、一般的なヘルメットよりも1.5kgから2kg程度重いヘルメットを被ってカート競技を行う特別な方法さ。F1で生じるGフォースよりも若干強いGが掛かるようにしてあるんだ」
©fia.com / 首を鍛えるカルロス・サインツ
通常は1レース分、つまり90分から120分を1つのセッションとするトレーニングを1日に何度も繰り返し実施する。セッション中は休みを取ることなく用意されたプログラムをこなし続ける。
十分なトレーニングが出来ていない場合、仮にレース中に怪我を負わずにすんだとしてもダメージの蓄積が靭帯損傷に発展する事がある。レギュレーションの正式決定と同時に、ドライバーやチームによって雇われているスポーツ医学トレーナー達は、この規約がもたらすGフォースに対応するための新しいトレーニングメニューの開発を余儀なくされた。
サインツの場合、今まではボクシングと心臓を鍛えるメニューを中心に構成されていたトレーニングプログラムが大幅に変更されたという。
©RGrosjean 横Gへの対処トレーニングを行うロマン・グロージャン
ハースのロマン・グロージャンは、起立した状態で顔側面に革製の特別な器具を装着し、横からの負荷を再現する。ルノーのニコ・ヒュルケンベルグは、サインツに類似した重りを使う方法で首を鍛えている。
©NicoHulkenberg.official 頭に重りをぶら下げて首を鍛えるニコ・ヒュルケンベルグ
首への横G等感じたこともない我々素人には意外に思えるが、インディ500ウィナーの佐藤琢磨によれば、鈴鹿サーキットのS字のような短く激しいカーブが連続するコーナーよりも、緩やかな右カーブが続く200Rのようなコーナーの方が首に堪えるそうだ。
クビの太さこそF1ドライバー足る証…とは言え、首の筋力さえあればF1ドライバーが務まるわけではない。世界最高峰の4輪レースに参戦するためには、背筋や腹筋をはじめとする体全体の強靭な筋力が要求される。
420kgの力に耐えられる筋力
シーズン序盤にパスカル・ウェーレインの身に起こった事を考えれば、今季のF1マシンがドライバーに対して要求する身体的負荷の大きさは明らかだ。FIAによるレース出場許可を得られたのにも関わらず、ウェーレインはオーストラリアと中国の2つのグランプリで、トレーニング不足を理由にアントニオ・ジョビナッツィにシートを譲った。それは何も首だけの問題ではなかった。
2017年のオーストラリアGPでは5G、6Gと言った強烈なサイドフォース(横向きにかかる力)の発生が確認されており、16年と比較すると1.4~1.5倍ほどにも増加している。6Gという力は、ドライバーの体重が70kgであるとした場合、その体に420kgもの負荷がかかることを意味する。これが2時間程の決勝レース中に絶えず、右、左、とドライバーを押し付ける。
メルセデスとマクラーレンホンダのチームドクターを務めるルーク・ベネットは「オープンコックピットのモータースポーツでは腹部内筋、背中、骨盤筋の強化が有効であり、強烈なブレーキング時に体をしっかり支えるためには脚力も重要」と語る。F1ドライバーには、首だけでなく瞬間的かつ継続的にかかる420kgの力を支える筋力が求められる。