敗北が暴く人間性…セバスチャン・ベッテル、敗れ去っても失わない好敵手への敬意と称賛
敗北はその人の真の人間性を浮き彫りにする。喉から手が出る程に臨んだ5度目のタイトル、ルイス・ハミルトンに敗北したセバスチャン・ベッテルが見せたのは、自分自身への言い訳でも、フェラーリへの責任転嫁でもなく、ライバルの健闘を称える敬意と称賛であった。
シーズン序盤こそ開幕2連勝を飾り、5年ぶりの頂点に向けて幸先の良いスタートを切ったものの、母国ドイツGPでのリタイヤをきっかけに流れが一変。詰めの甘いスクーデリアの中で唯一人孤軍奮闘を繰り返すも、選手権逆転に向けて投入されたアップデートは機能せず、ハミルトンとの点差は徐々に拡大していった。
優勝がチャンピオンシップ継続の絶対条件となった第19戦メキシコGP。高地ゆえのダウンフォース不足と肌のなめらかな路面の影響で各車タイヤマネジメントに苦しむ中、4番グリッドからスタートしたベッテルはトラック上での直接対決でダニエル・リカルドとハミルトンを追い抜き2番手に浮上。だが、先頭を快走するマックス・フェルスタッペンまでは届かず表彰台の上で”敗北”した。
地元メキシコの大観衆が取り囲むスタジアムセクションの真ん中にクルマを止めた敗者ベッテルは、シーズンを通して戦い続けたハミルトンの元を訪れ強く抱擁し、ライバルの5度目の栄冠を褒め称えた。
「ルイスは一年を通して素晴らしい走りを続けた。彼の方が僕よりも良い仕事をしたって事だ。僕はルイスに”君はチャンピオンに相応しい。このひと時を楽しんで”って伝えた。そして来シーズンもプッシュし続けてくれって頼んだんだ。僕も君を倒すために全力を尽くすから、ってね」
5年間渡って望み続け、それを手に入れるために死に物狂いの努力を重ねてきた結果、またしても敗れ去ったベッテル。夢に破れたその直後にライバルを称賛する姿からは、彼がどれほどの絶望に打ちひしがれていたのかを推し量ることは難しかった。だが、レースを終えたベッテルはその辛さを「耐え難い」と表現した。
「これ以上自分はチャンピオンシップに勝てないのかもしれない。そんな事実を突きつけられて落ち込んだのは、僕の人生の中で今回が3回目だ。そんな瞬間が楽しいわけがない。昨年から今に至るまでの1年の中で続けてきた努力を思い出してしまう」
確かに今年のベッテルは精彩を欠いていた。レッドブル時代のベッテルであれば考えられないようなミスを犯し、多くのポイントを失った。それがフェラーリの不甲斐ないチーム力の欠如からくるものだったものだとしても、後世に残るベッテルの今年の結果は2位。ファステスト・ルーザー=最速の敗北者でしかない。
だが、語り継がれるべきはベッテルが持つ真のスポーツマンシップ、人間性だ。それは国際映像が捉えていないメルセデスのガレージ内で起こっていた。レースを終えたベッテルはメルセデスのエンジニア、チーム関係者の手を握り、バックヤードでハミルトンをサポートし続けた者たちの健闘を讃えていた。
映像は白飛びを起こしピンぼけも多く、ベッテルの予期せぬ訪問に際し慌ててカメラを構えた事が伺える。メルセデスがこの動画を公開してくれなければ、我々はセバスチャン・ベッテルという人間の評価を誤る事になったかもしれない。そこには真のスポーツマンが映し出されていた。