F1がアンドレッティの参戦を拒否した場合に起こり得る”泥沼”、FIAが投げた承認ボールの重みと縛り
F1参戦計画が国際自動車連盟(FIA)により承認された今、フォーミュラ・ワン・マネジメント(FOM)がアンドレッティ・キャデラックを拒否するのは決して簡単な話ではない。仮にノーを突き付ければFOMは泥沼の法廷闘争に直面する可能性がある。
F1の統括団体であるFIAは今年2月、新たなパワーユニット規定の導入に向けて、2025年、2026年、あるいは2027年にF1への参戦を目指す新規チームの申請手続きを開始した。
アンドレッティは11番目のチームとしてF1に参戦する許可をFIAから得たが、この先にはF1の商業権を持つリバティ・メディア所有のFOMとの商談、最終第3フェーズが待ち構えており、これを突破して初めてグリッドに着くことができる。
パドックの反アンドレッティ網
彼らに拒否権があるわけではないが、アルピーヌとマクラーレンを除く現行チームはかねてより、アンドレッティを含むグリッドの拡大に否定的・消極的な態度を貫いている。
11番目のチームが誕生した場合、現行のコンコルド協定に基づき既存チームは新規参入者が支払う2億ドル(約299億6,690万円)の希薄化防止料を懐に入れる事ができるが、パイが増えない限りこれまで10チームで分け合ってきた賞金収入は必然的に減少する。
今年6月、リバティ・メディアのグレッグ・マフェイCEOは、F1とファンに「多くの価値」をもたらすのであれば「我々は11番目のチームの獲得に向けて努力すると思う」としつつも、「10チームの間で論争がないわけではない」と述べた。
一貫して消極的なのはF1チームだけではない。F1は、新規参入によって財政の悪化に見舞われグリッドから姿を消す既存チームが出てくるのではとの懸念を抱いている。ただ理由はそればかりではないようだ。
他の応募者とは異なりアンドレッティはこれまで公の場で積極的にロビー活動を繰り広げてきた。チームともどもF1首脳陣はこれに好印象を持っていないとされる。また、以前ほど関係が良好ではないFIAのモハメド・ベン・スレイエム会長が参戦支持のスタンスをファンにアピールしている事も一因ではと囁かれている。
アンドレッティの承認発表を経てF1が出した声明は「我々はプロセスの第1・2フェーズに関するFIAの結論に留意し、これをクリアした申請者がどのようなメリットをもたらすかについて独自の評価を行う予定だ」との実に素っ気ないものだった。
不当競争防止法の縛り
とは言え、600ページを超えるとも見られる書類を隅から隅まで徹底調査した上でFIAが保証を与えた以上、アンドレッティを拒否するのは恐らく至難の業だ。
最初の5年間の詳細な事業計画や財務基盤、人的資源を含めた各種リソース、株主や経営陣の身辺に関する調査・評価だけでなく、F1がフェーズ3で見極める事になるであろう「候補者がチャンピオンシップにもたらす可能性のある価値」についてもアンドレッティは既にFIAのお墨付きを得ている。
F1はFIAによる承認が妥当でない十分な理由を見つけるために粗を探さなければならないが、正当な理由なく拒否した場合、法廷を舞台とする長期的な殴り合いに引っ張り出される恐れがある。
2000年、欧州委員会は権力乱用に関する調査を経てFIAに対し、内部規定の変更を強制した。これにより安全性や公正性、または秩序ある行為に関連する正当な理由がない限り、新たなチームの参戦を阻止、妨害する事はできなくなった。
アンドレッティの承認に際してベン・スレイエム会長は、F1側を牽制するかのように「FIAはモータースポーツへの参戦と発展に関するEUの指令に従って行動した」「要件に適合した応募者を承認する」のは「義務」だと強調してみせた。当然にF1も不当競争防止法に縛られる。
アンドレッティはモータースポーツにおける十分な実績を持ち合わせており、競技面、技術面、財務面におけるFIAの厳しいデューデリジェンスを突破した。また、パートナーであり将来的にパワーユニット・サプライヤーとしての参戦に向けた関心を表明しているゼネラル・モーターズ(GM)は言わずもがな世界有数の大企業だ。
インディアナ州フィッシャーズの約36万平米もの敷地には既に2億ドルを投じた新たなファクトリーが着工されており、約9兆円の運用資産を持つグループ1001の子会社ゲインブリッジや、40兆円を超える資金を運用する投資会社グッゲンハイム・パートナーズからも多額の資金を得ている。
例えばF1が、FIA、F1チームとの間の商業契約、いわゆるコンコルド協定からアンドレッティを締め出す事で分配金の受け取り権利を与えず、希薄化防止料を大幅に引き上げる事で間接的に圧力をかけたとしても、アンドレッティを止める事は難しいように思われる。これらは世界で最も影響力がある独占禁止法の一つ、欧州連合競争法に抵触する可能性がある。
人気・収益低下のリスク
拒否するのが難しいのは何も法的な観点ばかりが理由ではない。
大々的に喧伝されたFIAによる審査を突破したアンドレッティを拒否すれば、特に近年の市場拡大を牽引してきたアメリカを含む多くのファンから保護主義的、利己的とみなされ人気に影が落ち、収益に影響が及ぶ可能性がある。チームが懸念する分配金の減少はファンの関心事ではない。
また、アンドレッティを拒否する事はGMを蹴る事と同義であるだけに、将来的な参戦を評価している、または今後参戦を評価し得る自動車メーカーの姿勢にも大きな影響を与えるだろう。新規参戦に向けた審査とは名ばかりで、時間と資金の浪費にしかならないとの印象を植え付けかねない。
「ノー」と言うのは簡単だが、その影響は広範に及び、法的にというだけでなく長期的にネガティブな結果をもたらす可能性がある。
誰がF1の実質的支配者なのか、誰がF1の将来を決定するのかという点でFIAとFOMによる権力闘争とみなす事もできる一連の審査は一体、どのような結末を迎えるのだろうか。