
「完全な嘘」フェルスタッペン成功物語の“起点”巡り対立、ホーナーにマルコら反論。自伝で獲得論争勃発
レッドブルの元モータースポーツ・アドバイザー、ヘルムート・マルコが、マックス・フェルスタッペンの獲得を巡る元チーム代表クリスチャン・ホーナーの説明に反論。さらに、2016年の昇格についても言及し、ホーナーが年齢と経験を不安視しため、自身が押し切る必要があったと主張した。
ホーナーは10月22日発売予定の自伝『Drive: A Memoir of Speed』の中で、マルコが若きフェルスタッペンをチームに迎えることを望んでおらず、父ヨス・フェルスタッペンの強い働きかけが契約の実現に必要だったと記したと報じられている。
シューマッハとマルコ、ホーナー主張に反論
Courtesy Of Red Bull Content Pool
2014年8月22日のF1ベルギーGPフリー走行を見学に訪れたマックス・フェルスタッペンとヨス・フェルスタッペン、トロロッソのガレージ内にて
元F1ドライバーのラルフ・シューマッハは、ポッドキャスト『Backstage Boxengasse』の中で、この説明を「完全な嘘」と批判した。
シューマッハによると、マルコはフェルスタッペンがまだ11歳半だった2009年春頃に、早くも接触していたという。だが、ヨスが時期尚早だとしてレッドブルとの契約に否定的な姿勢を示したため、マルコは少し気分を害し、「分かった。やりたくないなら、それでいい」と応じた、とシューマッハは指摘している。
ホーナーの主張についてマルコは、オーストリアのニュースサイト『OE24』に対し、「できる限り気にしないようにしている。ラルフ・シューマッハが非常にうまく対応してくれた」と語った。
カートで成功を収めたフェルスタッペンはその後、2014年にシングルシーターへステップアップ。そこでマルコは再びフェルスタッペンと接触し、本格的な交渉を開始した。
カート時代にフェルスタッペンと契約を結べなかったことについて、マルコは「結果的にはそれで良かった」と振り返り、「その後、F3で再び接点が生まれ、そこからこの前例のない成功物語が始まった」と続けた。
最年少優勝の裏で…マルコが語るレッドブル昇格劇
カート時代の接触とは別に、マルコはフェルスタッペンのレッドブル昇格を巡ってもホーナーと意見の相違があったとする、従来の主張を繰り返した。
フェルスタッペンは2015年にスクーデリア・トロロッソからF1フル参戦を果たし、翌2016年の第4戦ロシアGPを終えた段階で、ダニール・クビアトとの交代でシニアチームに抜擢された。
「マックスをF1に連れてきたのは私だ。そして、レッドブルでの初戦となったバルセロナでは、ホーナーに対して自分の意見を押し通さなければならなかった。彼はマックスが若すぎる、経験が足りないと考えていた」とマルコは主張した。
フェルスタッペンは、レッドブルのドライバーとして初めて臨んだ2016年のスペインGPで、F1史上最年少優勝を達成した。
ホーナーは2016年当時、昇格の最終決定はレッドブルの創業者ディートリッヒ・マテシッツが下したと説明し、その決定は「間違いなく正しいことだった」と評価している。
Courtesy Of Red Bull Content Pool
F1初優勝を飾りシャンパンをぶちまけるレッドブルのマックス・フェルスタッペン、2016年5月16日スペインGP決勝レースにて
ホーナーは2025年7月に解任され、マルコも同年末にレッドブルを離れた。レッドブル在籍末期の両者の不仲は以前からよく知られている。特にマテシッツの死後に起きた権力闘争を経て、関係は悪化の一途を辿った。
マルコはホーナーの自伝を読むかどうか、まだ決めていないという。
