
GT3界を騒がせたフランツ・ヘルマン伝説─フェルスタッペン“偽名走行”の舞台裏、その事情と目的・レコード更新の真相
4度のF1王者、マックス・フェルスタッペン(レッドブル)が、“フランツ・ヘルマン”という偽名を使って、ドイツの伝説的サーキットであるニュルブルクリンクのノルドシュライフェで行われたニュルブルクリンク耐久シリーズ(NLS)のテストに参加。非公式ながらも、NLS GT3のレコードを更新するラップタイムを記録した。
この一風変わった“偽名走行”の背景には、トップドライバーならではの事情と、将来を見据えた明確なビジョンがあった。
観客対策でドイツ風偽名「フランツ・ヘルマン」
「フランツ・ヘルマン」という名前に聞き覚えのあるファンは皆無だったはずだが、ヘルメットとスーツに記された「マックス・フェルスタッペン」の名により、正体はすぐに明らかとなった。
英専門誌『Autosport』によるとフェルスタッペンは、自身の名を伏せてテストに参加した理由について、主催者側から「偽名を使ってほしいって言われてね」と説明した。
「本名をエントリーリストに載せたら、朝8時にはもう人だかりができちゃうでしょ。現地に行けばバレるのは分かってたけど、少なくともリストには載ってないから、朝8時、9時くらいまでは静かだったよ」
ドイツの名門サーキットでドイツ風の偽名。「フランツ・ヘルマン」の由来については、「できるだけドイツっぽい名前にしようって話になってね」と明かした。
記録更新も「楽しむため」だった
フェルスタッペンがステアリングを握ったのは、スイスを拠点とするエミール・フレイ・レーシングが所有するフェラーリ296 GT3。フェルスタッペンのマネージャーであるレイモンド・ファルムーレンの息子、ティエリー・ファルムーレンがドライバーとして所属しているという縁もあった。
NLS GT3の公式コースレコードである7分49秒578を非公式ながら上回ったと報じられていることについて、フェルスタッペンは「事実」と認めたが、あくまで控えめだった。
「記録を出すために行ったわけじゃない。ただ楽しんで、チームと一緒にコースを覚えることが目的だった。エミール・フレイにとっても、ここでの走行は初めてだったし、彼らも24時間レースへの夢を持っている。だからその準備としてはいい一日だったよ」
「天気にも恵まれて、すごく気持ちよかった。本当にいい1日だった」
Courtesy Of Red Bull Content Pool
イモラ・サーキットのパドックを歩くマックス・フェルスタッペン(レッドブル・レーシング)、2025年5月15日(木) F1エミリア・ロマーニャGP
見据えるニュル24時間参戦
今回のテストは、エミール・フレイ・レーシングの将来的なニュルブルクリンク24時間レース参戦に向けた準備をサポートする目的で行われたものであると同時に、フェルスタッペン自身も同レースへの将来的な参戦を見据えた意図を持って臨んでいた。
フェルスタッペンは次のように語っている。
「いつか出たいとは思ってる。だからこそ、こうやって準備して、経験を積んでいるんだ。そうすれば、将来急いで準備する必要もないからね」
「これは僕の情熱なんだ。今年はGT3チームと一緒に活動しているから、自分自身のためにも多くの情報を集めたいしね。結局のところ、これは僕の“プライベート”なんだよ」
フェルスタッペンは、自身のチーム「Verstappen.com Racing」を通じてGTワールドチャレンジ(GTWC)にも参戦しており、F1後のキャリアについても明確なビジョンを持っている。
フェルスタッペンは、今回の走行に先立ち「何千周」もシミュレーターでノルドシュライフェを走り込んでいたと明かし、テスト当日の主な課題は「実際の路面グリップの把握」だったと説明した。
「もう何千周と走ってるから、実際にコースに出た時は、グリップの違いや新しい舗装の具合、それとクルマのグリップ感を確認するだけだった」
「(F1と比べると)やっぱりF1の方がアドレナリンは出るよ。でも同時に、ここもすごく楽しかった。テストだから少しリラックスもできたしね」
「1日中ずっと、いろんなクルマが走っていて、レッカー車も出る状況だったけど、トラフィックは気にならなかった。シミュレーターでも遅いクラスと一緒に走るから慣れてるしね」
マイアミGPとエミリア・ロマーニャGPの合間、他のドライバーがリフレッシュに時間を充てる中で、フェルスタッペンは“変装”してGT3マシンに乗り込んだ。それは単なる気まぐれではなく、将来を見据えた準備だった。
「フランツ・ヘルマン」という偽名の背後には、静かな環境で技術を磨き、次なる挑戦に備える――そんなストイックなプロフェッショナリズム、あるいはレースへの飽くなき情熱が確かに存在していた。