正念場迎える名門マクラーレン…決別の真相と2018年トロロッソ・ホンダの展望、来季目標を語る
ワークスとしての地位を保持しF1での勝利を目指すよりも、短期的な売上回復の道を選ばざるを得なかったマクラーレン。かつて名門と謳われた英国チームの将来は決して明るくはない。2017年9月15日(金)、本田技研とマクラーレンは、2017年を以て3年間に渡るF1でのパートナーシップを解消すると発表した。
2018年シーズンのF1の大きな見所の一つが、トロロッソ・ホンダがどれだけやれるのか?である事は疑いない。だがそれと同時に、ホンダと決別したマクラーレンがどの程度の成績を残すのか、も同じ位大きな注目ポイントだ。異論を唱えるファンは少ないだろう。
最終アブダビを終えて表向きには大した情報が上がってこない時期ではあるが、各チームは水面下で来季マシンの設計・デザインに全力を傾けている。そんな中、マクラーレンのエリック・ブーリエ代表がホンダとの決別の真相と来季目標、そして別の道を歩むトロロッソ・ホンダの展望について語った。
決別の真相…人材喪失を恐れたマクラーレン
過去二年に渡って開発し続けある程度”モノ”になってきたエンジンを捨て去り、ホンダは今年新しいエンジンをゼロから作り上げた。勝利のためにリスクを冒した結果、未完成とも言うべき状態でバルセロナテストを迎える事になった。F1公式サイトに対してブーリエは、この時点で既にホンダとのパートナーシップ解消に動いていた事を明らかにした。
「経営陣のところに行ってデータを示し、これまでのような状況を受け入れる事は出来ないと伝えました。ホンダとの一年目は厳しく、2年目もそれは変わりませんでした。いるべき場所に戻るための十分な進展を期待していましたが、バルセロナの結果が示していたのは後退でした。私は結果の出せないシーズンが続く事でどういう結末が待っているかを警告しました」
アロンソ離脱による企業価値の低下
ブーリエの言う”結末”とは、2度のF1ワールドチャンピオン、フェルナンド・アロンソのチーム離脱だ。開幕から3戦連続でリタイヤし第4戦ロシアではスタートする事すら出来なかった。そして迎えた第5戦母国スペインで、アロンソはマクラーレン離脱はおろかF1引退すら辞さないとの強硬な姿勢を見せた。
大した成績・競争力でないにも関わらず、マクラーレンが国際映像に映し出されていたのはアロンソに負うところが大きい。現役最強にしてグリッド上で最も人気の高いドライバー故に、メディアはアロンソの一挙手一投足に注目する。
仮にアロンソを失えばマクラーレンのメディア露出は大幅に値下し、ただでさえ少ないスポンサーを増やす事など不可能となる。広告主確保のために必要であったのはホンダとの契約解消ではなく、アロンソの確保だ。マクラーレンからの大手スポンサー降板は、ホンダと手を組む前から始まっていた。
© Honda Racing
もしアロンソが離脱した場合、同等レベルのドライバーを確保することも難しい。好き好んでグリッド後方に沈むチームに移籍したいトップドライバーなどいるはずもなく、マクラーレンは存続最後の望みを絶たれてしまう。ブーリエは、人材喪失こそが最大の懸念点であったと認める。
「我々は過去三年間で組織編成を行い、新しいチームを手に入れました。素晴らしい人材、勝利経験がある競争力のある人々、懸念すべきはそういった人材を失ってしまう事です。ドライバーはチームの顔とも言うべき存在です。真の脅威は人材喪失だと考えたのです。シーズンのかなり早い段階でこういった議論が行われました」
エンジンと車体との共振による振動問題、度重なるMGU-Hの故障、一向に回復しない信頼性不足…。テストを終えてなお挽回の兆しは見られなかった。そして迎えた第7戦カナダGP、モナコを終えた翌週末にマクラーレンは決断を下した。
別れ話とトロロッソ・ホンダの展望
F1アブダビGP決勝レースを終えたマクラーレンとホンダは、共に互いの健闘を称えるコメントを発表した。ブーリエは契約解除は決して簡単な決断ではない事、あくまでもビジネスの上での結論である事、そして決して喧嘩別れに終わったわけではないと重ねて強調する。
「大きな決断を下すのは常に難しいものです。マクラーレンがホンダと共に勝利するというのはあらゆる人々の夢でした。それは美しい話です。マクラーレンはホンダを心底尊敬していますし、これは責任追及や怒号の飛び交うようなケンカ別れでは決してありません」
「我々はみなプロです。最終的にはビジネス上の決定でした。その事は彼らも理解しています。望みどおりにならなかった事は悲しいことですが。ブランドとしてのマクラーレン・ホンダは上手くいっていましたが、結果を残すことはできませんでした。我々は上位に返り咲かねばなりません。トップにね!」
© Honda Racing
ホンダは来季、イタリアのトロ・ロッソにエンジンを供給し「レッドブル・トロロッソ・ホンダ」を名乗る。ドライバーにはWEC世界耐久選手権王者のブレンドン・ハートレーと、GP2王者のピエール・ガスリー。中堅とは言え独占供給によるワークスチーム。2019年には本家レッドブルとのワークス体制も見え隠れしている。
ホンダと最強メルセデスとのエンジン馬力差は約50、ルノーとの差は15馬力程度と見られているが、ブーリエはトロロッソ・ホンダの躍進を祈ると共に、将来的にホンダがキャッチアップし成功を収めるのは疑いないと語る。
「私は彼らが上手くいき成功することを祈っています。もちろん彼らが我々よりも後ろのポジションに居る限りという話ですが(笑)3年間懸命に努力を重ねてきましたが、十分な成長とタイミングという点では上手くいきませんでした。それは事実ですが、彼らは発展し続けるでしょうし、当然将来的に成功し得る事でしょう」
開発の進捗と2018年の目標
一方のマクラーレンは、”マクラーレンF1チーム”という新たな名称とともに、ルノーエンジンを搭載する。シーズン中には度々、自社製造のシャシーには表彰台のポテンシャルがあると主張してきたが、2018年に向けては完全に新しいパワーユニットを使う必要があり、潜在的にはまた再び後退する可能性もある。ブーリエはどう考えているのか?
「車体の競争力の成果を考えれば、我々には表彰台やトップに立てるだけの性能があることが分かります。大変に難しい状況の中でこのような成果を挙げられて、苦労した甲斐がありました」
「チームが今も一致団結しているという事も、過去3年間から得られた前向きな学びです。3年間とても苦しみましたが、誰ひとりとしてチームを去る人間はいませんでした。誰もが再び勝利することを信じています。向上に向上を重ねマシンを開発し続けているために、成し遂げようとしている事に対して多くの信頼と自信があるのです」
「エンジンのレイアウトに合わせて調整する必要がありますが、アーキテクチャは変わりません。私たちには巧妙なコンセプトがあるため、大きなドラマになることはありません。間抜けに見えないように頑張っていますしね!(笑)」
© Honda Racing
マクラーレンのチーフエンジニアによれば、ルノーエンジンはホンダよりも大柄で、車体に収めるのに苦労しているという。現代のF1エンジンは幾つものコンポーネントからなる複雑な構造物、ポン付けでどうにかなるものではない。結果、各装置の再設計を強いられスケジュールに大幅な遅れが出ていると伝えられているが、ブーリエは既に問題解決済みと主張する。
「ひょっとすると我々は、エンジン変更を決断したのが2週間ほど遅かったかもしれません。スケジュール的にね。でももう既にその遅れはほとんど取り戻せています」
シーズン中と変わらず強気な発言を繰り返すブーリエだが、来シーズンの具体的な目標を問われると一転し口をつぐむ。軽々しく展望など示そうものなら、それが独り歩きするのは目に見えている。
「現時点で何かを申し上げるのは時期尚早です。パフォーマンスや風洞実験、CFD等における絶え間ない開発を行っている限り、すべての時間を最大限に活用する事が求められます。実際の製造が始まる最後の1分に至るまで限界まで突き詰めたいと思うものです。あらゆる事に確信が持てるまで製造に入るのを引き伸ばしたいと思うものなのです。今言えるのは、今のところかなり良いということだけです!」
「今、青写真を描くのは間違いです。私は控えめな約束をするよりも期待以上のものを届けたいと思うタチですので、今は何もお約束しません。2018年のマクラーレンがどうなるかを見ていて下さい」
再起をかけた”最後”の正念場
2018年はメルセデス・フェラーリに次ぐレッドブルと同じエンジンパッケージとなる。もはや言い訳は通用しない。ホンダ資本消滅に巨額の資本を補充したマンスール・オジェら大株主の厳しい目が光る中、CEOのザク・ブラウンもブーリエも首をかけての厳しいシーズンとなる。また、既に3度目の王者獲得を諦めかけている36歳アロンソにとっても、F1継続か否かを決する重要な年となろう。
マクラーレンはニキ・ラウダ、アラン・プロスト、アイルトン・セナ、ミカ・ハッキネン等、これまでに多くのチャンピオンを輩出してきた名門中の名門だ。不振に苛まれているとは言え、今はまだ過去に作り上げたブランドと神話が生き続けている。だが、それも大きな分岐点を迎える。
成績不振を挽回できずアロンソが去るような事があればスポンサー獲得は叶わず投下資本もさらに減少、F1におけるマクラーレンの地位はフォース・インディアやウィリアムズ、ザウバーといった一介のカスタマーチームへと転落するだろう。そうなれば、再起のチャンスは二度と戻っては来ない。2018年のマクラーレンはまさに正念場を迎える事になる。