
いざ”モナコ革命”へ―3セット義務化が変えるF1戦略と波乱のシナリオ予測
伝統と格式を誇るF1モナコGPで、悪名高き”プロセッション(行進)レース”の打破を狙い、国際自動車連盟(FIA)は2025年大会において歴史的なルール改定を実施する。この実験的な試みはモンテカルロでのレースに再び興奮をもたらすだろうか?
数字が物語る”抜けないモナコ”の現実
今回のルール変更の背景には、F1における最も美しく、最も象徴的な舞台でありながら、同時に”最もレースに適さない”というモンテカルロ市街地コースが抱える皮肉なパラドックスがある。
その現実は数字が物語っている。ドライコンディション下ではオーバーテイクがほとんど発生せず、2023年はわずか3回、2021年に至ってはコース上での追い抜きが一度も記録されていない。車体が年々、大型化しているのが要因の1つだ。
オーバーテイクに必要なタイム差が2.5秒もあるとされるモナコでは、スロー走行でタイヤを労わればどんなコンパウンドでもレースを完走できてしまう。こうした単調なレース展開を防ぐのが今回の変更の狙いだ。
モナコGPの優勝者のほぼ半数——32人、全体の45.71%——がポールポジションからスタートし、さらに16人(22.68%)が2番グリッドから勝利を収めている。土曜日の予選順位が日曜日のレース結果をほぼ決定づける”予選=結果”の構図が、ファンの不満を募らせてきた。
Courtesy Of Red Bull Content Pool
モンテカルロ市街地コースを周回するマックス・フェルスタッペン(レッドブル)とルイス・ハミルトン(メルセデス)、2023年5月26日F1モナコGP FP1
2ストップ義務という”劇薬ルール”、その内容
新たに導入される”モナコ特別ローカルルール”では、すべてのドライバーに対して3セットのタイヤ使用が義務付けられる。これにより、ドライコンディションでもウェットでも、実質的に2ストップが必須となる。
従来通り、インターミディエイトまたはウェットタイヤを使用しない場合は最低2種類のスリックコンパウンド(硬さの異なるタイヤ)を使用しなければならず、これらの要件を満たさなかった場合は失格処分となる。ルール改定に伴いピレリは今回、フルウェットタイヤを1セット追加供給する。
レースが赤旗により中止され、再開されずに終了した場合のタイム加算ペナルティも新たに定められた。
- 2種類のスリックを使わなかった → +30秒
- 3セットのタイヤを使わなかった → +30秒
- 1セットのタイヤしか使わなかった → さらに+30秒
また今季のモナコには、イモラ同様に昨年よりも1段階柔らかいコンパウンドが持ち込まれている。予選向けにできるだけ多くのソフトを残す必要があるが、2ストップを見据えると、従来よりもミディアムを多めに温存するという戦略的判断を下すチームもあるかもしれない。
チャンスだ、スパイスだ!ドライバーたちの期待と予想
現役ドライバーたちは、この新ルールの導入によって少なからずレースに変化が生まれると見ており、とりわけ中団以下のドライバーほど、その可能性に対して前向きな期待を寄せているようだ。
マックス・フェルスタッペン(レッドブル)は、期待通りに機能しない可能性もあるとしつつも、「セーフティーカーの導入や判断ミスで”完全に狂った展開”になるかもしれない」として、多かれ少なかれ「スパイス」になるだろうと予想した。
ランド・ノリス(マクラーレン)は「誰にとってもチャンスがある。より一層、運が左右することになるだろうし、サプライズウィナーが生まれる可能性もある」と語り、2度のモナコウィナーであるフェルナンド・アロンソ(アストンマーチン)も「予選後もまだ”希望”を持てるようになる。運やピットのタイミング次第でポジションを上げられる」と前向きな見解を示した。
Courtesy Of Aston Martin Lagonda Limited
エイドリアン・ニューウェイと話すフェルナンド・アロンソ(アストンマーチン)、2025年5月22日F1モナコGP(モンテカルロ市街地コース)
長年にわたってモナコGPに変化を求めてきたルイス・ハミルトン(フェラーリ)は「同じことを何度も繰り返しても、同じ結果しか得られない。だから、違うことを試すのは素晴らしい。それが良い結果となるか悪くなるかは分からないけど、僕としては気に入っている」とルール変更を支持した。
オリバー・ベアマン(ハース)は、予選で下位に沈んだ者ほど得るものが大きく、「サイコロを振るような展開」になるだろうとし、波乱の主役は”アウトサイダー”になると予測している。
一方で、アレックス・アルボン(ウィリアムズ)は「中団では、チームメイト同士がどう助け合うかが鍵になる」と指摘。たとえば、先行している側のクルマが通常のペースで周回している間に、チームがもう1台にスローダウンを指示し、ピットインのためのギャップを意図的に作るといった戦略が成立し得ると警鐘を鳴らした。
戦略革命:オーバーカットからアンダーカットへ?
ルール変更が最も劇的な影響を与え得るのはピット戦略。それも場合によっては根本的な転換が起きる可能性もある。
従来のモナコGPでは、オーバーカット(他車より後にピットに入り順位を上げる方法)が定石だった。タイヤをもたせるための低速走行や戦略的な引き伸ばしによりフィールド全体のペースが遅く、タイヤの性能劣化が限定的となるため、前のドライバーがピットに入った後も速いラップを刻みやすく、結果的に順位を上げられるメカニズムが機能していた。
だが、2ストップの義務化によりフィールド全体のペースが一気に上がれば状況は一変する。アンダーカット(前走車より先にピットに入り順位を上げる方法)が有効に機能する可能性が出てくるのだ。
“アウトサイダー”の逆襲シナリオ
最も注目されるのは、オーソドックにレースを戦ってもポイント獲得が望めないトップ10圏外スターターによる”早期ピット戦略”だ。最初の1周でピットに入り、早々に1セット目のタイヤを消化することで、クリーンエア(前走車のいない状態)での走行が可能となり、トラフィックに阻まれることなくマシン性能を最大限に活かすことができる。
さらに、第2スティント中に赤旗やセーフティーカー(SC)が出れば、そのタイミングで2回目のピットストップを消化することで大きく順位を上げることができる。ただし、SCラップ下で各車が一斉にピットに雪崩込んだ場合、モナコの狭いピットレーンでは接触やトラフィックといったリスクも生じる。
Courtesy Of Pirelli & C. S.p.A.
レースを先導するメルセデスのF1セーフティーカー、2022年5月29日F1モナコGP
理論上、コース上に他車がいなければ2ストップ戦略の方が速くなるというシミュレーション結果はこれまでもあった。だが実際のモナコでは「トラフィック=最大の壁」であり、それがゆえに2ストップは選ばれなかった。
今回その”前提条件”が変われば、モナコGPはまったく新しい様相を呈する可能性もある。
”新たなモナコ”の幕開けとなるか?
レースディスタンスは約260km、ピットレーンの制限速度は60km/hと、モナコはもとより他のグランプリとは一線を画す「特殊な立ち位置」にある。その意味では、新たなルールを試す舞台としては妥当なグランプリといえるだろう。
最悪のシナリオは、2ストップを導入してなお、レース内容が従来の1ストップと同様に凡庸な展開に終わることだ。だが、1996年にオリビエ・パニスが14番グリッドから優勝を飾った伝説の快挙のように、“予選=結果”という常識を覆すドラマが再び生まれる可能性を、この新ルールは秘めている。
誰が最初に動き、誰が最も有利なタイミングでピットに入るか。戦略、運、そして冷静な判断力が勝敗を分ける新たなモナコGPの扉が、いままさに開かれようとしているのかもしれない。無論、実際に蓋を開けてみなければ、どう転ぶかは誰にも分からないが。