
「焦げ付き損傷したトランスポンダー」が象徴するラッセル車の異常事態、舞台裏を明かすメルセデス
ジョージ・ラッセルが前例のない数々の電子系統トラブルに見舞われた2025年F1第4戦バーレーンGPを終え、メルセデスは「焦げ付き損傷したトランスポンダー(位置送信装置)」を含む多数の部品をファクトリーに持ち帰り、原因究明に着手した。
ラッセルは、トランスポンダーの故障を皮切りに、ダッシュボード機能の一部消失、DRSの自動作動不良、さらにはブレーキ・バイ・ワイヤ(BBW)の障害という深刻な状況に直面。それでもランド・ノリス(マクラーレン)の猛追を退け、2位でフィニッシュ。今季3度目となる表彰台に上がった。
焼け焦げたトランスポンダー、原因不明の制御障害
チームの広報責任者ブラッドリー・ロードによれば、フォーミュラ・ワン・マネジメント(FOM)のタイミングシステムとの通信を担うトランスポンダーが、レース終了後に焦げ付いた状態で発見されたという。
「我々は現在、10個以上のパーツをファクトリーに持ち帰ったところだ。その中には焦げ付き損傷したトランスポンダーやBBW関連の装置が含まれている」とロードは説明した。
その他に現時点で判明しているのは、レースディスタンスの半分を消化する前にトランスポンダーの接続が途切れたことのみで、「根本的な原因」はまだ特定できていないという。
「テレビ中継では残り10周くらいで問題が起きたように見えたかもしれないが、実際にはレース中盤あたりから兆候が出ていた」とロードは語る。
「ジョージの名前が突如、タイムシートから消えてしまい、何が起きているのか分からなかった。ただ、彼はコースを走行していたし、無線も通じていたため、これはタイミングシステムの問題だと分かった」
BBW障害で手動制御を強いられたラッセル
さらに事態を深刻化させたのが、BBWの障害だった。BBWは、MGU-K(エネルギー回生システムを構成するモーター兼発電機)による回生ブレーキと油圧式のリアブレーキを統合的に制御するシステムだが、トラブル時にはリアの油圧ブレーキのみに依存する「パッシブモード」に切り替わり、回生ブレーキが機能しなくなる。
ラッセルはこれを都度、手動で「アクティブモード」へ復帰させながら走行する必要があり、最後の10周では実に20〜30回もの設定変更を行っていたという。
「このシステムは、前後のブレーキ力を電子的に制御するものだ」とロードは説明する。
「特にリアにおいては、MGU-Kと油圧ブレーキを併用しているため、いわゆる『パッシブモード』に入ってしまうと油圧ブレーキのみに頼ることになる」
「だが、リアの油圧ブレーキは小型であるため、そうなると簡単にオーバーヒートしてしまい、ブレーキング時のクルマの挙動が変わってしまう。このような状態でクルマを走らせるのは本当にかなり困難だ」
「そこでジョージには“デフォルト変更”を指示し、BBWがパッシブモードに入った際に、手動でアクティブモードに切り替えるよう設定を変更してもらった。彼は残り10周の間に20~30回もその切り替えを行いながら、ルクレールやランド(ノリス)を抑え込んだんだ」
”皿回しの曲芸師”への称賛
位置情報を送信するトランスポンダーの不具合は当然、DRSの自動作動システムにも影響を及ぼした。
そのためメルセデスはFIAに相談し、DRSを手動操作に切り替える許可を得たが、ラッセルは一度、バックアップ用の無線ボタンを押した際に誤ってDRSを作動させてしまった。それでも即座に異常に気づき、減速・解除することで冷静に対処した。
本来の状態でDRSを使用できないことはタイムロスにつながるが、メルセデスが「最も懸念」していたのは、ステアリング上のダッシュボード表示が完全に消失する事態だった。幸いにも、最終的には深刻なトラブルには発展しなかった。
仮にダッシュボードが機能を失ったとしても、マシンにはフェイルセーフ機能およびバックアップシステムが搭載されており、ギアチェンジ、DRS、無線の各機能は継続して使用できるよう設計されている。だが、それでも各種情報が全て失われるため、パフォーマンスの低下は避けられない。
「ジョージはまさに“曲芸師が何枚もの皿を回している”ような状態だった」とロードは称賛する。
「ただでさえ困難な状況下で、冷静にすべての操作をこなしながらミスなく走り切り、ランドを抑え、ルクレールも寄せ付けなかった。本当に見事なドライビングだった」