シーズン開幕戦恒例の集合写真撮影に臨むF1ドライバー達、2024年3月2日F1バーレーンGP
Courtesy Of Aston Martin Lagonda Limited

失われた2.5kg…走りのピークは開幕戦?シーズンを通したF1ドライバーの見えざる努力と苦悩

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マシンはシーズンを経る毎にアップデートにより性能を上げていくが、F1ドライバーの走りの質は逆に落ちていくのかもしれない。全員に当てはまるかどうかはさておき、少なくともアレックス・アルボン(ウィリアムズ)はそのように感じている。

フィジカル・トレーニングはF1ドライバーにとって、自身のパフォーマンスを最大限に発揮するうえで欠かすことのできないルーティーンワークだ。

ボクシングを取り入れたフィジカルトレーニングに励むアレックス・アルボン(ウィリアムズ)、2024年1月アメリカ・ロサンゼルスcopyright alex_albon@Instagram

ボクシングを取り入れたフィジカルトレーニングに励むアレックス・アルボン(ウィリアムズ)、2024年1月アメリカ・ロサンゼルス

F1マシンはコーナリング、加速、ブレーキングの際に驚異的なGフォース(重力加速度)を発生させる。そのため特に、首、肩、背中、腕に相当量の筋肉がないとドライブする事すらままならない。

またレースでは約2時間に渡ってハードな身体的負荷と高いプレッシャーに晒される。ステアリングを握りながら最適な判断を一瞬で下すためにも、自信とメンタルの韧性を高めるフィジカルトレーニングは外せない。

さらに、フィットネス・レベルが低いとレースウィークに受けた疲労や負荷からの回復が遅くなる傾向がある。

心身を高いレベルに保つことは、世界各地で年間20戦以上を戦う事が求められるドライバーの必須科目と言える。ゆえにドライバー達は年間を通してハードなトレーニングに取り組むわけだが、それでも現行のレーススケジュールでは、必要とされるフィジカルを維持する事は難しいようだ。

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3月の開幕バーレーンGPから11月末の閉幕アブダビGPまでの2023年のオンシーズンを通してアルボンが失った筋肉量は「約2.5kg」に及んだ。これはアルボンがトレーニングをサボっていたからではない。

アルボンはポッドキャスト「Beyond The Grid」の中で、アブダビでの最終戦を終えるや否や、3ヶ月後に迫る次のシーズンの初戦に向けて必要とされる肉体を取り戻すべく、「トレーニングキャンプに直行した」と明かした。

「実は初戦と比べて2キロ半ほど体重が落ちていたんだ。それは全部、筋肉だった。だから、それを取り戻さなければならなかったんだ」とアルボンは語る。

「筋肉が減ってしまうとフィットネスや心臓機能、心臓血管系、VO2(最大酸素摂取量)に大きな影響が出始めるんだ」

「トリプルヘッダーの時を想像してみてよ。ホテルや空港を行き来しつつ、こういったマーケティングの仕事もこなさなきゃならない」

「次のレースに臨む前にトレーニングできるのは、週末を終えた次の月曜か火曜か、せいぜい1日しかないんだ」

ダニエル・リカルド(RB)と共にファンステージでマイクを握るアレックス・アルボン(ウィリアムズ・レーシング)、2024年2月29日(木) F1バーレーンGP(バーレーン・インターナショナル・サーキット)

開幕戦以降、体重が落ちていく状況は、その後のレースにどのような影響を与えるのだろうか?

他のドライバーとは違うかもしれないと前置きしたうえでアルボンは、シーズンの開幕戦が最も体調が整っており、その後は「全体的なフィットネス、心臓機能や何かが低下し始め、筋肉の量も減っていく。その結果、他の部分でも同じようにパフォーマンスが落ち始める」と説明する。

「あまり注目されていないように思うけど、実は時差ボケも大きな問題なんだ」

時差ボケ対策についてアルボンは次のように続ける。

「飛行機に乗る前、移動を始める前から準備を始める。普段通りの生活を送りながらも、光を遮断するんだ。メラトニン(睡眠薬)はあまり好きじゃない。睡眠補助剤は肌に合わなくて、自然な鎮静効果のあるサクランボエキスを使ってる。よく効くんだ」

「トレーナーや睡眠医からは、食事や睡眠、水分補給の方法を指導される。カフェインについても注意が必要で、コーヒーの摂り方を調整している。こういった事の積み重ねが大きな役割を果たすんだ」

「とっさの判断や対処、無線で話しかけてくるエンジニアとのコミュニケーションなど、僕らの仕事はかなりの集中力が要求される」

「特にストリートコースに行く時、メルボルンがそうだけど、自分が最適な状態にあるとは思えない状態で週末に臨むことになる。望んでいるほど自分がキレていないことが分かるんだ…」

アレックス・アルボン(ウィリアムズ)をリードするエステバン・オコン(アルピーヌ)、2024年3月9日F1サウジアラビアGP決勝レースCourtesy Of Alpine Racing

アレックス・アルボン(ウィリアムズ)をリードするエステバン・オコン(アルピーヌ)、2024年3月9日F1サウジアラビアGP決勝レース

トレーニング不足や不十分な健康管理は実際、ドライビング・パフォーマンスにどの程度影響を及ぼしているのだろうか? 

アルボンは「正直に言うと分からない」としつつも、負の影響を感じていると認めて「だから、相当な努力が必要なんだ」と語った。

そして、F1での経験を通じて得た重要な気づきとして「自分自身を第一」に考え、体や時間を「大切にすること」を挙げた。

「スケジュールがどんどん忙しくなるにつれて、睡眠とかトレーニングを優先する事を含めて、特に自分の体や時間をどのように扱うかがすごく重要になってきた」とアルボンは語る。

「僕らはF1ドライバーだ。全てのレースに参加しつつもシミュレーター作業を含めて色んな事をやらなきゃならない」

「これはバランスの問題だけど、クルマをドライブしていない時の時間の大半は、こういった点で上手くやるためのマネジメントに費やしている。できるだけまめにやろうと頑張っている」

サウジアラビアから次戦オーストラリアGPまでには1週間のオフがあるが、アルボンに休みらしき時間は殆どない。

「日曜日の夜にジェッダから飛行機で(ヨーロッパに)飛んで、月曜日はロンドンの歯医者に行き、火曜と水曜はシミュレーター作業に取り組む。木曜日はスポンサーのガルフとのマーケティングの予定が入っていて、金曜にトレーナーとセッションに取り組んだ後、土曜に飛行機に乗る予定だ」とアルボンは付け加えた。

ジェッダ市街地コースのグリッドに立つアレックス・アルボン(ウィリアムズ・レーシング)、2024年3月9日(土) F1サウジアラビアGP