F1復帰…梯子を外されたホンダの行く先…長期関与の欠如が生んだ”レッドブル・フォード”
レッドブルが2026年以降のF1パワーユニット・パートナーとしてフォードを選んだ事でホンダは事実上、梯子を外されたような格好となった。F1復帰の可能性は完全に閉ざされたか? ホンダは何処に向かうのだろうか?
撤退、支援継続、そして行き違い
マックス・フェルスタッペンが初の世界チャンピオンに輝いた2021年末を以て、カーボンニュートラルへの注力を理由にホンダはF1から正式に撤退した。
だがレッドブル側からの要請に基づき、技術支援という名目でこれまでと同じようにレッドブル及びアルファタウリ双方に2025年末までパワーユニット(PU)を供給する決断を下した。
HRC(株式会社ホンダ・レーシング)を通した支援継続に伴い、昨年からは車体にもホンダのロゴが戻り、2023年シーズンに向けてはPU名称が「Honda RBPT」と変更され、国際自動車連盟(FIA)の公式エントリーリストにもホンダの名前が復活した。
レッドブルとの間で再提携に関する話し合いが行われたのが明らかになった事に加え、議論・検討すらしていないと強調する一方、HRCが少なからず再参戦の可能性を認めた事で、ファンの間では撤退の意義を疑問視する声と並び、復帰への期待が高まっていた。
だが長期的なコミットメントを欠いた結果、トップレベルのパートナーを他の自動車メーカーに奪われる格好となり、将来的な決別が明らかな状況となってなお、2025年までのサポート契約に基づき両チームにPUを供給し続けるというある種の不名誉な状況に置かれた。
ホンダの撤退により新たなPUを確保する必要性に迫られたレッドブルは、多額の資金を投じて独自エンジン開発のための新たな部門、レッドブル・パワートレインズ(RBPT)を2021年2月に設立。2026年以降を見据えてプロジェクトをスタートさせた。
ところがその2ヶ月後、F1撤退を最終決断した八郷隆弘氏から三部敏宏氏に本田技研工業の代表取締役社長が交代。レッドブルはその年に世界タイトルを獲得すると、翌年も支配的な強さを見せダブルタイトルを手中に収めた。
ホンダが復帰を検討しても不思議はない状況が生まれた。
RBPTを設立しながらも、ハイブリッド領域における開発に不安とリスクを感じていたレッドブルは外部との協力関係を模索。まずはポルシェとの交渉をスタートさせた。
1年以上の話し合いの末、プレスリリースが用意されるまでに進展したものの、公式発表目前に決裂。タイミングを同じくしてホンダとの話し合いが始まったとみられている。最初に噂が立ったのは2022年夏前の事だった。
だがレッドブルは成功を共にし、良好で強固な信頼関係を気づいてきた現在のパートナーではなく、昨年の終わりにかけて会談をスタートさせたフォードの手を取った。
チーム代表を務めるクリスチャン・ホーナーは、現行規定が続く2025年末まではホンダとの「素晴らしい協力関係」を継続させていくと強調する一方、「2026年シーズンに向けては異なる道を歩んでいく」と付け加えた。
相思相愛のレッドブル・フォード
ポルシェとの交渉が頓挫したのは、それが資本提携を伴うもので、自らの独立性と経営権が脅かされることをCEOであるホーナーや役員のヘルムート・マルコが懸念した事が最大の理由だった。
一方のフォードはレッドブルにとって、全ての条件を満たすパートナーであり、その逆もまた然りだ。
実際ホーナーは以前、完璧な「適合」が実現しない限り単独でPU開発を進める意向を強調しており、フォードのレース部門、フォード・パフォーマンスのディレクターを務めるマーク・ラッシュブルックもまた「お互いに双方が求め合うものを提供できる事がすぐに明らかになった」と説明する。
バッジネームに留まらないエンジン契約
2026年のPUレギュレーションはシステム計1000馬力を念頭にしており、その内訳はICE(内燃エンジン)とハイブリッドが50対50という電動化を強力に推し進める内容となっている。
フォードはES(バッテリー)やエネルギー回生システム、ソフトウェア制御の分野でレッドブルにノウハウや専門知識を供与する。F1で培われた成果は市販車に還元される。レッドブルとフォードの提携は単なるバッジ契約ではない。
打倒テスラを標榜し「フォード・モデルe」としてEV部門を独立させるなど、フォードは500億ドルもの巨額を投じてEV時代のリーダーとなる事を狙っており、F-150ライトニングやマスタング・マッハEの成功により、米国第2位のEV自動車メーカーとして市場を牽引している。
フォードにとってはRBPTが市販車市場における競合に該当しない点も大きかった。ラッシュブルックは、自動車メーカーとしてF1に参戦する他のサプライヤーと交渉した事実を認めているが、曰くそれを推し進める事はフォードにとって「適切」ではなかった。
支配権を求めなかったフォード
フォードのスタンスは株式買収による経営権を求めたポルシェとは対象的だった。フォードとの契約についてホーナーは「純粋に商業的かつ技術的な契約であって、株式やビジネスへの参加は一切ない」と明かす。
「我々は研究開発、特にEVやソフトウェア開発などの自社開発技術を利用することができる。非常にシンプルな契約だ」
世界ラリー選手権(WRC)におけるMスポーツとの関係が象徴するようにフォードは、支援こそすれども過度には介入せず、チームの主体性を重んじる文化を持っている。
レッドブルは懸念のハイブリッド領域で大手自動車メーカーのノウハウを利用できるだけでなく、魅力的なアメリカ市場に対してマーケティング上、これ以上ない足場を得る事になる。
Netflixのドキュメンタリー「Drive to Survive」の成功を背景に、F1人気はフォードの母国アメリカを中心に爆発的に高まっており、マイアミとオースティンでの既存のグランプリに加えて、今年は米国第3のレースとしてラスベガスGPが加わる。
ホーナーは「商業面においては、米国に基盤を持つフォードとの関係により、アメリカ市場に更に食い込んでいく事が可能になる」と語った。まさに願ったり叶ったりの相手だった。
ホンダF1復帰のシナリオ
F1パワーユニット・サプライヤー「レッドブル・フォード」の誕生により、ホンダがレッドブル及びアルファタウリとの関係を2026年以降も続ける可能性は完全に潰えたと考えるのが妥当だ。
日本のエンジンメーカーとの再提携が実現しなかった理由は不明だ。ただレッドブルが提示する条件を飲んでいれば、2月3日に行われた新車「RB19」のローンチでスポットライトを浴びたのはフォードではくホンダだったのではとも考えてしまう。
ホーナーの「2026年に向けてホンダの計画が結実することを祈っている」との発言は、ホンダが置かれた今の状況を読み解く上で示唆的だ。
「電気系統だけをやると思っていたのだが、共通項を見つける事できなかった」とヘルムート・マルコが明かしている事から、ホンダにとってのF1復帰の前提条件はV6ターボを含むPU全体の設計・開発であり、レッドブルが望むようなハイブリッドに限定した支援と相容れなかった可能性がある。
このことは国際自動車連盟(FIA)に対し、ホンダが2026~2030年のF1パワーユニット・サプライヤー登録を済ませている事からもうかがえる。
ICEを捨て切れなかったのだとするならば、それはホンダがカーボンニュートラル燃料による内燃機関の将来性を高く評価しているからなのだろう。
FIAへのエントリー登録はただちに参戦を強制するものではない。ホンダは役員会での承認を条件にF1復帰のルートを確保している形だが、実現の雲行きは怪しい。
限られた選択肢、求められる早期決断
第3期活動と同じようなワークスチームとしての参戦は考えにくい。ゼロからの立ち上げはもとより、マルコがアルファタウリ売却の可能性を退けるなど、既存のチームを買収するシナリオも線が薄い。
現実的にはサプライヤーとしてチームにPUを供給する形での復帰だが、レッドブルとアルファタウリの可能性が潰えた事で選択肢は殆ど残されておらず、既存のグリッドで言えばマクラーレン、アストンマーチン、ウィリアムズ、ハースの4つに限られる。
ハースに関してはフェラーリとの関係が強固で、マクラーレンは以前の提携が悪夢に終わった経緯がある。野心的なローレンス・ストロール率いるアストンマーチンはメルセデスと資本関係にあり、ウィリアムズでは早期のタイトル争いは期待できない。
アンドレッティ・キャデラックを含む新規参戦チームという線も考えられるが、承認が下りない可能性も十分にある。FIAは6月30日までに申請に対する決定を下すとしているが、悠長に待っている時間はない。
そもそも今のホンダはリソースという点で課題を抱えており、ライバルに対して出遅れている。
英国ミルトンキーンズの旧ホンダF1拠点、HRD-UKは撤退と同時に閉鎖され、そこでERSやESの開発に携わっていたスタッフもRBPTに吸収されたと聞く。また宣言どおりであるならば、カーボンニュートラル実現の御旗の下、F1プロジェクトに関わっていた多くのエンジニアは他部署で別の仕事に取り組んでいるはずだ。
残された時間は3年足らず。体制を整えるためのハードルは決して過小評価できない。再参戦に際しては早急な決断が求められる。