ハートレーが語るトロロッソ・ホンダ解雇劇の真相「モナコGP前から既に更迭計画が進行していた」
昨シーズン限りでトロロッソ・ホンダのシートを失ったブレンドン・ハートレーは、昨年の第6戦モナコGP前の段階から既に、自身の更迭に向けた計画がチーム内で進行していた事を明らかにした。ニュージーランド出身の29歳は昨年、チャンピオンシップ4得点にとどまりランキング19位。25戦目の出走を最後にファエンツァのチームを放出された。
世界チャンピオンの名声と共にF1にカムバック
2010年にレッドブルとスクーデリア・トロロッソのテスト兼リザーブドライバーを務めていたハートレーは、当時参戦していたフォーミュラルノー3.5シリーズで目立った成績が上げられず、シーズン途中でジュニアチームから解雇された。
だが、2012年にメルセデスAMGのF1テストドライバーに就任すると、2014年には新たに結成されたポルシェWECチームに加入。世界耐久選手権で2つタイトルを獲得し、2017年にはル・マン24時間レースを制してみせた。
ダニール・クビアトの解任劇によって2017年のトロ・ロッソのシート状況に動きが発生。チャンスを得たハートレーは、ピエール・ガスリーがスーパーフォーミュラ最終戦を優先したことで、急遽その代役として2017年のアメリカGPでF1デビューした。
© Steven Mark Thompson/Getty Images、F1デビューを果たした2017年アメリカGPにて
当初はスポット参戦にとどまるはずであったが、ルノーに代えてホンダとF1パワーユニット供給契約を締結したトロ・ロッソはハートレーを正ドライバーとして起用。見事2018シーズンのシートを掴み取り、一度は追いやられた古巣にF1ドライバーとして舞い戻った。
世界王者の称号と共にフォーミュラ1にカムバックしたハートレーであったが、シングルシーターでのレースは実に9年ぶり。シーズン序盤はマシントラブルや不運なアクシデントに見舞われた事が多かったとは言え、ブランクの影響なのか、そのパフォーマンスは僚友ガスリーと比べると見劣りするものであった。
モンテカルロで浮かび上がった更迭計画
結局年間を通して解雇の噂が絶えないままにシーズンを終え、チームは11月26日にハートレーではなくFIA-F2選手権に参戦していた22歳のタイ出身アレックス・アルボンを2019年のレギュラードライバーとする事を発表。ハートレーは再びチームを追われる事となった。だが、舞台裏では既に第5戦スペインGPを終えた段階からハートレー放出に向けた動きが加速していた。
モナコ在住のハートレーにとって、伝統のモンテカルロレースは一年の中で最も楽しみな時間であった。それが今度は見る側ではなく走る側で参加できる…。その胸の内が如何に高ぶっていたかは想像に難くない。だが現実には、5月最終週はハートレーにとって一年の中で最も最悪な一週間となってしまった。
© Sauber AG、F1モナコGPで争うシャルル・ルクレールと争うハートレー
「サラ(妻)と僕が住んでいるアパートからは、サーキットが一望できるんだ。眺めは最高だよ」とハートレー。The Players’ Tribuneで解雇劇の一部始終を語った。
「あの週末は、一年間の中で最もお気に入りの1週間なんだ。でも、今から振り返ってみると、本当に厳しい1週間だった。週末が始まる前の水曜日にパドックを歩いていたら、メディアから将来の事について質問攻めにあった。F1でまだ数戦しか走ってないのに、”終わり”についてアレコレ質問されたんだ」
「その日に最悪だったのは、噂されていた話の幾つかが本当だって分かった事だった。開幕からの数戦を終えた段階で、何人かの人たちが僕をここに置いておきたくないと考えていたんだ。正直に言ってショックだった。WECで2度タイトルを取ってル・マンを制し、着実に経験を積んでF1に来て、最初の3レースのうち予選で2度チームメイトを上回ったのに。こんなにも早い段階で僕を置き換えようだなんて、信じられなかったさ」
「でもそれがF1なんだ。このスポーツには多額のお金と本当に多くの人たちが関わっていて、当然のようにそこには”政治”ってものがあるんだ。ファンはその事を知っているし、ドライバーはそれを受け入れて前に進むしかないんだ」
舞台裏で糸を引いていた”数人”とは?
スクーデリア・トロロッソのドライバー人事権を持つとされるのは、親チームのモータースポーツ・アドバイザーを努めるヘルムート・マルコだ。だがハートレーは、自身を追放しようとした者の名前を具体的に挙げようとはしなかった。その代りに、ガレージ内のスタッフの献身的な姿勢を強調した。
「ガレージ内の皆は僕の事をいつも心からサポートしてくれた。メカニックやエンジニア、トロ・ロッソのスタッフは皆、出来る限り競争力があるクルマをチームとドライバーに与えるために、自分の人生の多くを割いて仕事に取り組んでいる。トロ・ロッソには500人以上のスタッフがいる。当たり前の事だけど、F1はチームスポーツなんだ」
© Getty Images / Red Bull Content Pool、最終アブダビGPでチームクルーと最後の記念撮影をするハートレー
「夜になって自分のアパートに帰るために歩いていると、モンテカルロ・サーキットのウォールが目に入った。もし週末にこの壁に激突でもしたら、僕のF1でのキャリアは後数日で終わってしまうんだなって思ったよ。毎セッションがこれまで以上に大きな意味を持っている事は分かっていた。1ラップ1ラップ全てのタイムとあらゆる結果が評価の対象で、僕のシートを左右するような状況だった」
「それはこれまでに経験したことのない独特な種類のプレッシャーだった。でも僕は目の前の事に集中し続けた。これについてはシーズンで最も誇りに思っている事の一つだ。決勝レースに向けて何度か良いセッションを過ごしたものの、最終的には後ろから追突されてしまい、何も証明できないままにグランプリが終わってしまった」
モナコでの不運はオープニングラップから始まった。15番グリッドからスタートしたハートレーは、他車との接触によってフロントウイングにダメージ。この影響でダウンフォースが減少しグリップ力が低下。結果として、その後のレースはタイヤの摩耗に苦しむ事となった。
タイヤ交換に動いた15周目には、ピットレーンでの速度違反を取られ5秒ペナルティ。そしてチェッカー直前の72周目、ヌーベル・シケインで後続のシャルル・ルクレール(Sauber)がリアに激突。ハートレーの28号車は大破しリタイヤを強いられた。結果としては19位完走扱いとなったものの、チームメイトのピエール・ガスリーは7位入賞を果たした。
僅か5レースを消化した時点で、早くも更迭の噂が飛び出た挙げ句、それが”単なる噂”ではなく”真実”であると知ったハートレーは疑心暗鬼に陥った。
「ほんの些細な事であれ、少しでもなにかおかしな事をすれば、誰かに記事にされたりするんじゃないかって思うようになってしまった。だから僕は自分のやり方を変えることにした。レースの週末にはもっと自己中心的になって、他人の考えや報道を気にしないようにして、以前のようにレースを楽しむように心がけた。そして自分を信じることにした。マシンに乗り込んでいる時だけは楽しい事がたくさんある」
去就決まらず迎えた最終戦…友と分かち合った悲しみ
来季の予定が立たないままに迎えたシーズン最終戦。激しいミッドフィールド・バトルが繰り広げられた公式予選に臨んだハートレーは、ガスリーを上回る16番グリッドを獲得。その一方で日曜のレースでは、オープニングラップで発生したロマン・グロージャンとニコ・ヒュルケンベルグのクラッシュの煽りを受けウイングが破損。手負いのマシンでは完走するのがやっと。12位でチェッカーフラッグを受け、9位入賞を果たしたガスリーに敗れ去った。
ヤス・マリーナ・サーキットの照明も落ちた午前1時。ハートレーはミーティングルームに呼ばれ、その数分後にF1ドライバーとしての資格を失った事を告げられた。
「その後僕はドライバールームに戻ってサラを抱きしめ涙した。悲しくはあったけど、もう次のステップを見据えていた。その数分後、友人のマーク・ウェバーが部屋に入ってきた。彼はこのスポーツの事をよく知っているから、彼のアドバイスにはいつも耳を傾けてきた。その場には僕のトレーナーのリッチと仲の良いジョーも一緒にいた。あの時、最も親しいメンバーと一緒にいられて良かった」
「会議では特に何も言われなかった。僕にとっては、それよりも遥か以前のモナコGPの時から、僕を追いやろうとしている計画があった事は明白だった」
「そういう事なんだ。僕がどう思い、どう考えるかは問題じゃなかった」
「その後は、サラと友人たちを残して部屋を出てガレージに向かった。何人かのメンバーに、もう戻って来れない事を伝えた。辛かった。彼らは本当に多くの時間をこのスポーツとチームに費やしているけど、彼らが賞賛される事はない。なぜなら、スポットライトは常にチームというよりもドライバーに向けられているからね。僕はトロロッソ・ホンダの一員であった事を誇りに思ってる。あの日みんなにお別れを言わなきゃならなかった事は、人生の中で最も辛い出来事の一つだった」
© Getty Images / Red Bull Content Pool、ファンと写真を撮るハートレー
「パドックを回って同じ様に別れを告げた。待っていてくれた何人かのファンに感謝の気持ちを伝えてお礼を言った。何だか現実離れしたような奇妙なひとときだった」
「そして来た時と同じように胸を張ってサーキットを後にした。友達や家族を誇りに思っているし、チームを誇らしく思ってる。僕はそんな自分に満足だ」
F1復帰の可能性は?
チームを離れたハートレーは今年、WEC時代に所属していたポルシェのワークスドライバーを務める。現時点で2019年の活動予定は明らかになっていないものの、ポルシェはフォーミュラE第6シーズンへ参戦することが決定しており、ニール・ジャニをレギュラーとして発表。そのチームメイトとしてハートレーの名が取り沙汰されている。また、シミュレータードライバーを探しているスクーデリア・フェラーリへの加入も噂されている。
「(F1と離れる事になってしまった事について)寂しくなるだろうね。そう言わなきゃ嘘になってしまう。でも次の挑戦にワクワクしてるんだ。2019年以降に向けて、あらゆる努力をしてるところだ。幾つか選択肢があるし、その事を嬉しく思ってる。自分を限界まで突き詰めて挑戦し続けたいと思っているし、それによって身近な人達と自分自身が幸せでありたいと願ってる」
「F1のドアは完全に閉じられてるわけじゃない。それにF1で過ごしたこの1年間の経験によって僕は成長した。この事は次のチャレンジにも活きるはずだ」